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邪の道

(サイ→アフェ+テリオン/美徳を失わせたくないサイラス先生)

「おい、大丈夫か!」
 寂れた街道の、草むらのなかに人が倒れており、もはや虫の息、といった風だった。それを見たアーフェンは一行を飛び出して、なにも聞かず手当てを始めた。
「生きてるか、大変だ。血が出てる」
 声も出せず虚ろな目をぎょろぎょろとさせているだけの男は、腹を刃物で刺されており、出血がひどかった。もう少し見つけるのが遅ければ、死んでいただろうと思われてアーフェンは大急ぎで肩掛け鞄から薬と包帯を取り出す。
「おい、薬屋。そいつはやめておけ」
 無鉄砲なアーフェンに向かって真っ先にテリオンが、必死に男の傷に薬草を貼りつけ、声をかけるアーフェンに口を出す。「どう考えてもまともなやつじゃない」
 その通り、男はいかにも荒くれ者といった風体で、その手にはいかにも女性から奪ってきましたという華奢なかばんが握られていた。
 盗賊だから、テリオンにはそいつが自分と同業者であるとすぐに分かった。大方、盗みに入ったがなにかしらへまをしたのだろうと思われた。
 なんにせよ、回復したら何をされるかわかったものではない。もし自分がこの男と同じ立場なら、間違いなく恩を仇で返すだろうと、盗賊という生き物がどういうものか分かっているテリオンは止めに入ろうとした。
「やらせてあげよう」
 しかし、穏やかな声が、テリオンの影法師を縫い止める。振り返ればサイラスが、なにかを考えるようにしてひたすらに手当てを続けるアーフェンを見ていた。
「あんたもあいつがどういうのか分かってるだろう」
「ーーああ、賊だろうね」
「分かってるなら止めてくれるな。あのお人好しの阿呆が、危険にさらされるのを黙って見ていられるほど馬鹿じゃない」
 テリオンがいえば、サイラスは「それでも私はアーフェンくんを止めないよ」と返した。考えていることが読めない男だとは思っていたが、今日はいっそうわからない。眉を潜めるテリオンに向かって、サイラスは続ける。
「そうだね、悪は、弱さだというのは分かるかい。弱いものから、悪は生じるだろう。貧しさが盗みを生み、後ろめたさが嘘を呼ぶ。善行を躊躇わないのが彼の良さだ。恐れを教えて、アーフェンくんの......彼の輝きを失うのはあまりにもかなしい。弱いものが邪に落ちる。私は彼にそうなってほしくないよ」
 テリオンは無言でサイラスを見た。そりゃお前のエゴだ、と思ったし、それで危険な目に合っていたら世話ないぞと反吐が出た。
 しかしながら、ひたむきに目の前の人間をすべてを投げ打ち救おうするアーフェンの姿の、その輝かしさが失われてしまうのが惜しい、という気持ちもわからないではなく、テリオンは苦虫を噛み潰したような顔をして、ではせめて自分が危険を廃する役目をしよう、と懐の刃物を握った。

 


おわり


あとがき
ニーチェの名言より

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