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花屋になりたかった

(彰冬 花屋×地上げ屋)

「なあ、もしさあ。こんなクソみたいな仕事やめていいって言われたら、なにになりてえ?」
 三田が、袋に死体を詰めながらそんなことを聞くので、冬弥はしばらく考えて、「花屋がいい」と言った。
「花屋ァ? もっと夢見ねえのかよ。俺はミュージシャンになりたいなあ。俺、歌には結構自信あるんだよ。……あーあ、なんでこんなことやってるんだろうな」
「仕方ないだろう。借金を返せなかったお前が悪い」
「そりゃそうだけど、死体処理の仕事なんかさせられるとは思わねえよ。マグロ漁船のほうがまだマシだぜ。っていうかなんで花屋? 花屋なんか、なったって仕方ねえだろ。このご時世、花なんか売れるかもわからねえし」
 怪訝そうな顔をして寝袋のジッパーを閉める三田に、冬弥は目を伏せて血のついたゴム手袋を外しながら、「だって、花屋がいちばんだれも傷つけないだろう」と返した。
「……ほんと、お前はこの仕事向いてないよな」
「そうだろうか?」
 冬弥は無垢な目で、無機質に首を傾げた。三田は、やっぱりこいつは何考えてるのかわからないな、と笑う。
「まあでも、お前が花屋だったらいいだろうな。ちょっと世界が良くなる気がする」
 そんな日が来ないことは、三田も冬弥も分かっていた。ドブネズミは一生ドブネズミだ。人間にはなれない。この暗い夜の底で、死体と踊る他ないのだ。

・・・

 彰人がいつものように店先の花をしまっていると、スーツの青年が入りたそうな顔をして様子を伺っていた。彰人はその、ぽつんと立った男にやさしい顔をして、「どうしましたか」と声をかけた。
「……あ、ああ。いや、その。ミレニアム不動産の青柳なんですが」
「ああ、あんたらか」
 最近彰人の店の周りをこそこそと嗅ぎ回っている、きなくさい地上げ屋連中だ。やわらかな顔を険しくし、彰人は睨みつけた。
「何回も言ってるだろ。オレは立ち退かない。お前らにとっちゃ土地でしかないんだろうけど、オレにとっちゃ大事な店なんだよ」
「わかってます。でも、あなたが土地を売ってくれないと、ミレニアムタワーは建たない……」
「そのなんとかタワーより花屋のほうが有益だろ」
 吐き捨てて、彰人はひまわりの入ったバケツをガシャン、とわざと音を立てて置いた。ひまわりは何も知らずに水を吸って、輝いている。
 青柳と名乗った青年は、地上げ屋連中にしては小綺麗な見た目をしていた。たぶん、シャバく見えるようにマフィア連中が用意した交渉人だと思われた。青柳は、いつも来るような荒っぽい連中とは違って、しばらく黙って、長いまつげを伏せていた。
「……俺も」
「ああ? なんだよ、帰ってくれ。営業の邪魔なんだ。あんたらみたいなクソは、花が嫌がる」
「俺も、タワーよりも花屋のほうがいいと思う、と言ったら、笑いますか」
「……は?」
 青柳は、ひまわりの花をこわごわと触って、言った。彰人は面食らう。
「昨日、同僚と話したんです。花屋になりたいって」
「そうかよ」
 もう一刻も早く追い返してしまいたいが、そういう彼があんまりにも泣きそうな顔をしていたので、彰人は自分の立場も忘れて哀れになって、花を触る青柳を見ていた。
「俺が触ったら、花が腐ってしまうな」
 傷ついたような表情で、青年は手を離す。その姿さえ、絵になっていた。彰人はそれに見惚れていた。
「……そんなことねえよ」
「そうだろうか」
「お前がどうとかじゃない。花はそんなに弱かねえって話だ」
「はは、そうだな」
 青柳は静かに微笑んだ。そして、その次の瞬間には微笑んだのなんかなかったかのように、「土地を手放してください」と告げた。
「だから嫌だって言ってるだろ。ここはオレの店だ。手放すかはオレが決める、あんたじゃない」
「俺は、あなたと花がダンプカーに押しつぶされるとこなんか見たくないんです」
「脅しか? 地上げ屋のやることなんか分かりきってるんだ、放火でもなんでもしろよ。花の泣き叫ぶ声を聞いて、後悔しろ」
 ダンプカーも、放火も、地上げ屋の常套手段だった。そうして立ち退きを迫るのだ。だが、彰人は負けるわけにはいかなかった。大事な店なのだ。自分の命と同じくらい、彰人は花屋としてのプライドが大事だった。
「ビビッドストリートじゃなくても、花屋はできるじゃないか。あなたは俺みたいなのじゃない、ここを売ったお金でまたやればいい。なあ、あなたを殺したくない……花屋を殺すような最低な人間に、なりたくない」
 惨めだ、と青柳は声を震わせた。彰人は、こんなやつが今まで生きていたことに驚く。青柳は強がるみたいに胸ポケットから拳銃を出して、セーフティを解除しないで握りしめた。指はトリガーにかかっていない。
「悪いな、店じまいの時間はとっくにすぎてる。話は終わりだ」
 帰れよ、と言外に彰人は言う。青柳はポーズばかりで、撃つことはないことはわかっていた。地上げ屋は、こんなわかりやすい殺しはやらない。
 そうして踵を返した彰人が店のドアを閉めても、ドアにぶら下がったベルは二度は鳴らなかった。
 あの男は火を付けないだろうな、と彰人は漠然と思った。それから、窓のカーテンを閉めた。



 


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