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​ずるい男

​(SV ハサアオ)



「芸術ですね」
 そうハッサクはアオキを褒めた。なにが「芸術」なのかわからないアオキは、加えた天ぷらをかみ切り、味わった後「どうかされましたか」と問うた。
「アオキが食べる姿は、もはや芸術的な域に達していますですな、と思いまして」
「……そうでしょうか?」
「ごはんのひとつぶも残さずに平らげる人間なんて、少数なものですよ」
 ぴかぴかに輝く、アオキのご飯茶碗を見て、ハッサクは微笑む。そんな風に食べるものは少なくはないが、あまり多くはないことをハッサクは知っていた。短い教師生活に於いて、残すことに抵抗がない子どもが最近は多い気がする、とハッサクは感じていたから、いっそうそれがすごいことに感じられた。
「美味しいのだから、仕方が無いでしょう……」
 うつむき恥じ入った態度で、アオキは言った。自分が卑しいと言われたようですこし恥ずかしかったのだ。ハッサクの「褒め」はときにアオキに逆効果になる。それでもバランスがうまくとれた天秤のように、神は二人の関係性の天秤に平等に分銅を置く。
「ああ、そういうことではないのです! アオキ。恥ずかしがらないで。小生はあなたを美しいと言ったまでですよ」
「また、語弊のある言い方をせんでくださいよ」
「語弊もなにも、いまスケッチブックがあったら写生していたくらい、あなたの食べる姿はきれいです」
 ハッサクのその言葉にすっかり照れいってしまったアオキは、黙ったまま残りの天ぷらをサクサクとやった。意識してしまったのか、その動きはどうもぎこちない。ハッサクはそれを飽きもせずしばらくながめていた。自分の味噌汁がぬるくなるのも忘れて。
「……見てないで、食ったらどうですか」
「ああ、すみませんです。そうですね。アオキの言うとおりですね」
 ハッサクも、アオキに習って丁寧にご飯粒を拾ってたべる。その姿は懸命すぎて力がはいり、不器用に見えた。アオキは、おもわず笑ってしまう。
「ハハ」
「ああ、笑ったでしょう! 人ががんばっているのに!」
「いや、すいません。これは自分が悪いです。でも……、一生懸命食べる人は嫌いではないですよ」
 ぱちくり、ハッサクは面食らった。「ハッサクさん、頬に米粒が」その頬には米粒がついていて、アオキはそれを指摘しながら、そっとそれを取った。
 ハッサクは恥ずかしいのと、ときめきとで、顔を赤くしていつもの勢いすら出てこず、「アオキ……」とだけ呟いて、味噌汁に映るじぶんの情けない顔を見た。
 そんなハッサクの気持ちなど置いてけぼりにして、アオキは味噌汁を啜っていた。こういうところがずるいのだ。思わせぶりはやめてほしい、とハッサクは思って、勢いよく味噌汁をかっくらって、そしてむせた。
 

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