ゆりかごから地獄まで
(蘭竜 梵天 双子設定)
「竜胆は俺がいないとなんにもできないね」
小さい頃から竜胆がなにかミスをすると、蘭は繰り返しそう言った。それは刷り込みのように竜胆のこころを縛って、離さない。俺は兄貴がいないとダメなんだな、となんとなくそう思って暮らしてきた。
「別に、竜胆もいい大人なんだし、テメエがいなくちゃなんでもできないってことはねえだろ。竜胆も竜胆だ。自分のミスくらい自分でどうにかしろよ、お前さ」
警察に情報を漏らした部下を、すんでのところで取り逃がした竜胆は、事務所の共用スペースにいた蘭にお決まりの台詞で迎えられた。竜胆はなんにも出来ないお馬鹿さんなんだから、と昔から蘭はそういうかわいがり方をしてきた。それに竜胆も不満はなかった。
だが、それを見た三途は汚いものを見る目で二人を見て、うげえと舌を出した。竜胆は自分たちの関係性が一般的でないということは分かっていたので、特に気にとめない。
「ハルには分かんないよ。俺たちのことはさあ」
「るっせ。分かってたまるか、年中ベタベタベタベタしてるテメエらのことなんかよ」
「いいの。俺達はこの長い長い人生の中、ずっとそうやってきた。これからもそうだ。だろ、竜胆?」
竜胆は蘭の問いかけに、首を縦に振って応えた。蘭の考えていることは、竜胆によくわかる。逆もまた同じだった。脳みそがつながったシャム双生児のように、二人は二人だけの言葉で通じ合っていた。
「はあ……。一生やってろ、このブラコンクソ野郎どもが」
び、と三途は中指を立てて、事務所の共用スペースを去った。竜胆はその背中を見送って、ソファに座る。蘭はその背後に立って、竜胆を見下ろした。暗い色の垂れ目が、竜胆を愛しげに覗き込んでいる。
「り~んどう。どうしてヘマなんかした? バカだねえ」
「向こうが銃を隠し持ってたんだよ。足を撃たれた。あいつ、もう警察がバックについてるって自信があったから、臆面も無く撃ちやがった」
「フウン。足は大丈夫なわけ?」
竜胆はスラックスの上から包帯を巻いた足を見せた。血がにじんでいるそれを見て、蘭はまるで自分が撃たれたかのように顔をしかめる。蘭は竜胆に起きたことを、まるで自分が陵辱されたように受け止める。それは二人が双子であり、相手に対してナルシズムのような共感を得ているからだった。蘭は竜胆が痛めつけられると、なにもされていない自分も痛いと感じた。そしてまた竜胆も同じだった。蘭は竜胆の頭を抱くと、その長い髪をすいて竜胆を慰めた。
「竜胆、痛いなあ。俺も痛いよ」
「どうせすぐ治る。それより、逃がしたヤツの方がやばい」
「それならお兄ちゃんに任せなさい。なんにも出来ない竜胆のために、俺が全部なんとかしてあげるから」
そうして蘭は微笑んだ。ああ、あいつは死ぬのだな、とそこで竜胆も理解した。蘭は怒っている。自分の半身が傷つけられたことを。
蘭の価値観は、普通の人間がついていけるものではない。蘭は一般の人間が想像もできないようなことを平気でしてしまうところがあった。だから、自分を撃ったあの男はじきに殺されるだろうと想像できた。蘭がそうするからだ。
そういう蘭についていけるのは、いつだって竜胆だけだった。竜胆だけが、蘭のそばから離れなかった。そして、今もなお離れずにいた。
「ありがとう、兄貴」
「うん、よろしい」
竜胆が笑いかけると、蘭はすぐに機嫌を直し、うれしそうに返事をした。そして、これから下手人をどう殺すかを話し始めた。なんてバケモノみたいな兄なのだろう! だが竜胆には、この兄を分かってやらなければならないという生まれながらの義務があった。弟として、そして、彼を愛するものとして。
「できるだけ苦しめて殺してやろう。お前に傷をつけたことを後悔して死ねるように」
「ああ」
歪んだ光景だった。三途は「お前ら地獄に堕ちろ」と言うだろう。だが、竜胆にとって重要なのは「どこに堕ちるか」ではないのだ。地獄であろうとなんであろうと、この兄がいるならどこでも良いと竜胆は思う。そして、それはきっと実現されるだろうという確信があった。地獄への片道切符は、もう切られている。