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​ショーマストゴーオンインザヘル

​​(ココイヌ 幹部軸)


 人生は舞台である。人は皆、役者。
      ――ウィリアム・シェイクスピア

 どんなに長い夜でも、必ず明ける。それならば、己はあの日からずっと長い夜を生きているのだろう。
「人が泣きながら産まれてくるのは、なんでだと思う?」
 九井一は、縛り上げられた男の前で椅子に座って問いかけた。男はどうでもいいから解放しろ、と悪し様に九井を罵る。パン、と拳銃の音が鳴った。威嚇射撃だ、本当に当ててはいない。
「オレがなんでだと思うって聞いたら、それを答えるのが礼儀ってもんだろ」
「いきなりこんなところに連れてきて、なにをしろって、そんなことかよ。どうして人が泣いて産まれるか? 神様でもないかぎりわからないだろうさ、ァア゛ッ!」
 次は威嚇射撃ではなかった。鉛の弾丸が、男の膝を打ち抜く。苦悶の表情を浮かべてのたうちまわる男の背中を、九井は踏みつけた。
「答えは簡単だ。このアホの舞台に引き出されたのが悲しくて、だよ」
 それから九井は何発か男の背中に銃弾を撃ち込み、すっかり男が動かなくなるまで待った。そこに、終わった雰囲気を察してか乾青宗が現れる。半グレ組織の幹部にしては、ひとなつこい犬みたいな目をして「ココ、殺したのか」と物騒なことを聞いた。
「めんどくせえから殺した。どうせ、金になるような情報は持ってなさそうだったし」
「そうか。だが、むやみに殺しなんかしたら古参のやつらがなんていうか……」
「古参は堅物ばっかりでヤになるぜ。イヌピー、こいつは死んで良いヤツだった。組織の情報をサツに売ろうとしたんだ」
 オレならその警察を買収するなんてわけないけどな、と九井は言った。乾は、「そうか」とだけ返して、まだ生ぬるい死体を持ち上げる。普段からさほどおしゃべりな男ではなかったが、東京卍會に所属してから乾はどんどんと寡黙になっていったような気がする、と九井は感じていた。本気で泣いたところも、心から笑ったところも、見たのは遙か昔のようだった。
 東京卍會は、今や稀咲が実権を握っているクソみたいな舞台だ。そんなクソの舞台で、九井と乾は踊っている。
「ココは、生きていて悲しいか?」
「あ? 聞いてたのか。別にさして意味のある話じゃねーよ。イヌピー、単に昔読んだ本のこと思い出してただけ。オレたちがいっしょにいて、こうやって話してる。それだけでオレはじゅうぶんだ」
「そうか……。オレも、オレだって、そう思う」
 舞台から降りてしまいたくなったことはいくらでもある。しかし、稀咲が九井の金を手放せるわけがないと九井自身も思っていたので、抜けようなどとは考えられなかった。なぜなら、自分が抜けてしまったらおそらく乾は殺されてしまうことは予想に難くないからだ。〝九井は乾の言うことしか聞かない〟。そういう舞台設定をしておけば、どんな状況になっても乾は安全になる。九井が金を生み出し続ける限り、乾はこの暗い社会で五体満足に生きていける。
「ちょっと物騒な生活だけどな」
「はは、違いねえ。だけど、イヌピーがいるなら、こんな生活も天国みたいなもんだ」
 寝袋に遺体を詰めながら、乾は笑う。彼が乾いたような、疲れたような笑いをするようになって、自分たちがずいぶんと年を重ねたのだと九井は自覚した。ランドセルを背負って共に通った通学路が、そんなに昔でないような気もするのに、どうにも遠い景色に思えた。
 あの、きらきらしい舞台は燃えて朽ち落ちた。九井と乾は、奈落で未だに物語を演じているに過ぎない。だが、不幸ではなかった。幕が降りないだけずいぶんとマシだ。
 ロミオとジュリエットみたいに、離ればなれになって死ぬことが一番怖かった。このクソの舞台を用意した悪趣味な劇作家がそんな能書きを並べていないかだけが、九井の恐れることだった。
「オレは、ココにはもっと普通の生活をやってほしかったけどな」
「どうかな。普通の生活ってヤツが似合うのは、案外イヌピーかも」
 九井の脳裏に、バイク屋でオイルくさくなりながら整備をしている乾の姿が浮かんだ。その想像はいやに現実味があって、薄気味悪いほどだった。その隣に、自分はきっといないだろうとイメージできた。そんなの、絶対にイヤだと九井はその悪夢を振り払うように唇をかみしめる。
 乾が寝袋のジッパーを閉めた。ジャッ、という音とともに、九井は妄想から現実に戻る。
「ココ、顔が青いぞ。殺しなんかするからだ」
「違えよ。少し嫌なこと考えただけ」
 九井はそう言って髪を短く切った乾の頭をなでた。この感触を感じれるうちに、このままどこまでも行ってしまいたいと九井は強く願う。
 二人を乗せた地獄行きの列車は、まだ停車しない。

 

 

ワンドロ「演劇」より
 

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