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​ハチ公だって憎んだりする

(半稀および稀半前提、半間×春千夜)


 涙の数だけ強くなれるなら、いくらでも涙を流してやったし、死んだ人間が生き返るなら、いくらでも魂を売っただろう。けれど、そんなことは嘘っぱちなので、半間は今まで一度も泣かなかったし、魂の21グラムはまだ体重に含まれている。
「あ~、ダル」
 関東卍會に入ったのは、単にどうしようもなく暇だったからに過ぎない。または、半間の大事なあの、稀咲鉄太というかけがえのない相棒を殺したやつらの顛末がどうなるかを知りたかったというのもある。
 半間は、もし可能ならば、自分が花垣武道を殺してやってもいい、と思っていた。地獄で釜ゆでにされている稀咲がそれで喜ぶかはしらないが、どうせ自分もいつかは同じ釜にいくのだから、手土産の一つや二つかはほしかった。だから、どちらかにつくなら武道の敵になるほうを選んだ。佐野万次郎の下につくなど安い代償だった。
 佐野のそばには、ナンバーツーと言われる男がいつもいた。半間は彼のことをよく知らなかったが、こいつは、こいつも、自分のように側にいる人間を心に決めているのかもしれない、と昔の自分を見るようで、どうにも好かなかった。なぜなら、半間だって今もそうやって生きていたかったのだ。稀咲の側で、ただ彼が策を巡らせているのを見ながら待っているのが好きだった。犬だ、自分も、こいつも、哀れな忠犬。違うのは、半間の飼い主はもう帰ってこないというところ。
 だから、嫉妬をした。あそこに座っているのは佐野ではなく稀咲であるべきだったし,その隣には三途春千夜ではなく自分であるべきだと思っていた。
「めんどくせえ、全部。めんどくせえなあ」
「半間、面倒がってないで話に参加しろ」
 参謀の九井が、半間を睨む。集まりになんかそもそも参加したくなかったのに、と半間は不満げに舌を出した。佐野は、何も言わない。半間に興味が無いのだ。
「俺がいなくても、会議は回るだろ? 地球が回るみたいにさ。俺は、それを知ってるンだぜ?」
 含みをわざともたせて、半間は言った。死人が出ても、世界はつつがなく続いていく。この抗争でも、そうだろう。竜宮寺堅がいなくなっても、こうして不良たちは元気に生きているのだし。
 それについては誰も触れなかった。佐野を刺激するようなことを言った半間を、三途は「バカは退席してろ!」と大きな声で怒鳴った。声の大きいヤツだ。声が大きいやつっていうのはいけない。デカい声だしときゃ、なんでも自分の言うことが通ると思っているだろうから。
 とにかく、半間は佐野が、九井が、三途が、この関東卍會のすべてが気に食わなかった。壊してしまいたいとさえ思った。自分がめちゃくちゃにしてやりたいと、罪と罰が刻まれた両手を開いたり閉じたりした。罪を被るのも、罰を受けるのも、もう慣れていた。この人生、残りはずっと罰ゲームみたいなものだ。
「うるせえな。お前の主人を殺しても俺はいいんだぜ、三途?」
 半間はなおも煽る。だが佐野はなにも言わない。殺されててもいいと思っているのか、その気になれば返り討ちにするなどたやすいと思っているかどっちかだ。
「はあ? 寝言は寝て言ってろ、マイキーはお前なんかに殺られるわけがねえだろ」
 ああ、反吐が出るような言葉だ。半間だってそう思っていた。武道なんかに稀咲が負けるわけがないと、トラックにひかれて死ぬなんてことがあるわけがないと、思っていた。
「そうだったらいいけどなあ」
 半間は、へらりと笑った。そうだったらよかったのに、と自分の弱いところをえぐられるようだった。この三途というやつはいけない、と半間の心がエマージェンシーのサイレンを鳴らしている。九井がそうするうちに作戦を立て始めた。
 半間はそこで席を立った。ここにいるのはもう嫌だった。三途の怒る声が背中を追いかけてくる。うるさいノイズだ、と半間はそれを聞かない。
 はやくあいつも知るが良い、大事なものを失う気持ちを、と半間は呪った。だが、半間は知らない。もう彼がよりによって、大事なものを手にかけていることを。それでなお、のうのうと生きていることを、まだ、知らない。
 
  おわり

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