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​ホールドミー・ルーズリー

​(ミルグラム 0507)


「調子が悪いのか?」
 カズイが紫煙を吐きながら、シドウに聞いた。シドウはげっそりとした顔をして、「そんなことはないですよ」と返したが、どう考えても彼が焦燥しているのは自明だった。
 シドウはここ最近、喫煙室にいることが増えた。まるでそこにしか居場所がないみたいに。別に好きで吸っているわけではないくせに、何本も重いタールを肺に入れるすがたは、生き急いでいるようにも見えた。
「それならいいけど、あんたが倒れたら終わりだぜ」
「分かってますよ。それくらい……」
 心配するカズイに対して、シドウはぞんざいだった。普段ならきれいに整えてある銀髪も、少し乱れているように見える。二審になってから、シドウはずっとこうだった。それは奈落に落ちるように悪化している、そうカズイには見えた。
「赦された俺たちが、ちゃんとしないと。椎奈ちゃんやフータが不安になる」
「そうですよね。アマネや榧野くんも、診せてくれれば俺は」
「シドウくん、百人に食料を与えようなんて思わない方が良い」
 顔を覆うシドウに、カズイは冷たく言い放つ。万人を救えるなどと、思わない方が良い。それは傲慢がすぎる行為で、行きすぎている。今すべきは、手元で守れる者たちをただ守るだけだ。そうカズイは考えていた。
「百人は俺たちも救えない。でも、目の前の一人の力にはなれる。そうだろ?」
「……そうですね」
「俺はあんたを心配して言ってるんだよ。シドウくんがつらい思いをしてしまったら、ダメだろ。俺も、シドウくんの力になりたいな」
「ありがとうございます。でも、人を頼るの、どうしても苦手で」
 シドウは縋るようにカズイを見た。カズイは、その大きな瞳でシドウに目を合せると、タバコを灰皿に押しつけて、その細いからだを抱擁した。シドウの手から、タバコがぽろりと落ち、冷たい床の上で煙を立てた。
「こうしていると落ち着かないかい?」
 驚きとともに、大きく、あたたかいものがシドウを包んだ。細身が故低体温のシドウに、カズイの温度がうつる。そこで、やっとシドウは自分がずっと気をはりつめていたことに気がついた。戸惑うように手が宙をさまよい、そして、カズイの背中に回る。
「確かに、落ち着きますね」
「はは、そりゃよかった」
 カズイはそう言って柔らかに笑った。シドウは、小さい声で、「しばらく、このままで」と言った。

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