ボトルネック
(イザイヌ 大寿殺害ルートの幹部)
「最初さ、すぐ死んじまうかと思ったんだよな」
イザナが、乾に向かって言った。乾はそれを静かに聞いて、けれど返事はしない。返事を求めていないと分かっていたからだ。
「この世の中って、弱肉強食だろ。オマエみたいな弱っちいヤツなんか、すぐ死んじゃうかと思ってたのに」
まあよくもこんなにデカくなるまで生きてきたもんだ、とイザナは肩を叩いて笑う。確かに、イザナと初めて出会ったときより乾は上背も体格も大きくなって、子どもではなくなっていた。
「別に、すぐ死んだって構わないけどな」
乾がそれを言うと、イザナに腹をぶたれた。もう何年も付き合いがあるから、殴られるのは分かっていたし、それをどうこう言うこともない。ただ、痛いだけのことを我慢するのはたやすかった。乾は、痛む腹を押さえて、ゼエゼエと息をする。
「希死念慮ばかりは一丁前だな。昔から」
膝をついた乾の短く刈った頭を、戯れのようにイザナは撫でた。撫でて、そして殴った。もんどり打って乾は倒れる。逆らうことはしない。
「希死念慮?」
「死にたがりってことだよ」
「ああ、そういうことか。オレは別に、死にたがってんじゃねえよ、イザナ……」
とっくにイザナと出会う前から、自分は死んでいたようなものだ、と乾は思った。あの火事の日、九井が〝誤って〟助けてくれなかったら、乾は正しく死んでいただろう。
「じゃなんだよ。オマエみたいなやつを死にたがりって言わなかったら、なんて言うんだ?」
「なんて言うんだろうな。20年にもなるのに、まだわかんねえんだ」
「かわいそうなやつ」
自分が殴った癖してイザナは倒れた乾を起こし、そして頭を抱きしめて、撫でた。
「かわいそうな乾青宗くん。オレの金庫番が手放さないせいで、死ねもしないし、生きてもこんなだ」
「ココのことを悪く言うな、イザナ」
「実際悪いだろ。こんなところにいなくても、オマエは別にいいんだし」
イザナの言葉は、乾の心臓に棘のように刺さった。ここにも居場所がない、と言われているようだった。自分を必要としている人間なんてこの世の中にはどこにもいないと、いてもいなくてもいい存在であると、そういう意味に乾には聞こえた。
「こんなところでも、ココがいろっていうんだからいるしかねえだろ」
「はあ、友情って素晴らしいな乾。反吐が出る」
そう言って、イザナは乾から手を放した。座り込んだ乾を、立ったイザナが見下ろす形になる。
「オレと会ってること、九井に言ったか?」
「言ってない」
「セックスしてることも?」
「……言えるわけねえだろ」
「さっきまでアンアン言ってた男の態度じゃないなあ」
乾はイザナから目をそらした。性の話をされると、乾は弱かった。もう何年も続けているくせに、いつまでもウブな処女みたいな反応をする。それがイザナは面白くて、わざと露骨に聞いてしまう。
「もう帰る」
乾は立ち上がって、イザナに背を向けスーツの皺を直した。そのスーツの下には、えげつないほどの情事のあとが残されているのを、イザナと乾だけが知っている。
「会ったら九井に言ってやれよ、イザナとセックスしてきましたって」
「それだけは、イザナの命令でも聞けねえ」
じろりと反抗的な目で、はじめて乾はイザナを見た。九井に言えるわけがないのは、彼が怒ってイザナになにをするか分からないからだ。それで、九井がイザナにどうにかされてしまったらと思うと、乾はそれだけが恐ろしい。
「それ以外だったら、なんでもするから」
「ふうん」
なんでもするなんて、簡単に言うモノじゃない。それは頭の足りないところがある乾も分かっているが、イザナを前にして差し出すものがそれ以外ないのだ。
「……じゃあ、乾。柴大寿を殺してこい」
「は?」
「いいじゃねえか。ちょうど邪魔だったし、オマエの大事な黒龍十代目総長、殺してこいよ」
オマエの総長は、八代目だけでいいだろ? 悪い顔をしたイザナが、乾を悪魔のようにそそのかした。乾はそれに頷くことしかできない。