top of page

​ミルグラムの恋愛実験

​(ミルグラム 0307)

「ねえ、人を好きになるってどういう感じ?」
 マヒルが目をかがやかせてフータに言うので、フータはうざったそうに顔をしかめた。
「別に。ていうか、オマエに教えてやる義理はねえよ」
「だって、マヒルもフータくんの「好き」って気持ち、知りたいんだもん! 恋バナしたいよ」
 マヒルは両手を握りしめて、むん!とポーズを取ると、フータは頭を押さえてマスク越しにため息をついた。
「する気はねえよ」
「え~してよお」
 ふん、とフータは鼻をならすと、その場を離れようとしたところで、マヒルは「じゃあカズイさんに聞いちゃお~!」と言って席を立った。
「おい、それはやめろって、おい、マヒル! くそが!」
 フータが目に見えて慌てても、マヒルは止まることはなかった。しかし、インターネット上以外では意外と引っ込み思案なフータは食堂を去るマヒルを見送ることしかできなかった。
 
 ・・・
 
「人を好きになる、ってもなあ……」
 フータは、自室でぼんやりと物思いにふけっていた。どういうことか、と言われたら説明が難しい。ただ、コトコに襲撃されたとき、守ってくれたカズイの背中がいやに大きくて頼もしかったから、そういう相手の「大人」を意識しだしたところからが良くなかったのだとは思う。
 その「大人」だって、カズイのほんしんではなく、演じている部分でしかないだろうに、フータはその彼のミステリアスなところにずぶずぶと、「もっと知りたい、暴きたい」という気持ちを抱いてしまったのだ。
 それが好意かどうか、と言われると難しかった。ただ、上辺だけで接されるのがどうしようもなく苦しくて、嫌なだけだ。それを「愛」なんだよ、とマヒルは言うが、そんなことはないだろうと、フータは思っている。というより、思うようにしている。
 ミルグラム。この環境で、好いた惚れたなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。ムゥとハルカのいびつな共依存関係を見ながら、フータはああはなるまい、と思っていた。
 なるべく無関心で。波風が立たぬように。興味も持たぬように。
 だのに、カズイはフータによく声を掛けてきた。「大人」として心配なのだろう。もう見えやしない目のことだとか、腕の傷のこととか。
「ごめんな、おじさんがもっと早く……」
「うるせえ。謝ってオレの目がなおんのかよ」
「は、それもそうだ。シドウくんが、どうにかしてくれたらいいがね……。かれは外科医らしいから」
 そんな調子で最近はよく話すようにまでなった。カズイの存在は、フータにとってうざったいけれど、心地が良いものだった。もし、頼れる大人がいてくれたら、その大人が止めてくれていたら……。自分の罪について、フータはそう思う。トリガーを引いたのは自分だが、そこに面白がって玉を込めたのはオレだけじゃないだろ、インターネットというバケモノのことを思うと、どうして自分ばかり責められないといけないのか、という気持ちがないわけではない。
「オレに必要だったのは、意外とアンタみたいなのだったかもしれないな」
 カズイの顔がまぶたのうらに浮かぶ。もし、アイツみたいなのが、オレを叱ってくれていたら……そうしたら、自分は殺人犯にならなくて済んだのかも知れない。
「叱って欲しい、っていう気持ちがもし、「愛」ならとんだクソゲーシナリオだろ……」
 そんな乙女ゲーがあったら、絶対にクソゲーだ。ともかく、フータはカズイに、父のように叱って欲しかった。看守エスに尋問されるよりよほど、そっちのほうがよかった。
 歌の抽出も、もうどうでも良かった。ただ、自分を叱ってくれて、最後に抱きしめてくれる存在が欲しかった。だって、バックドラフトで燃えたこの身を、誰がケアしてくれる? エスはそれをしない。だから、フータはカズイにそれを求めた。
「ガキくせえ……」
 フータは子どもっぽい自問自答に辟易して、目を閉じた。暗い視界のなか、いつかは、カズイの罪のことも知りたい、とフータは思った。頼れる相手がいないのはカズイも同じだ。だからいつかは自分が、という思いがフータの胸にはあった。頼らせてみせたい、といういじらしい思いが。
 それを恋なのか、愛なのか、マヒルはどう呼ぶかは知らないが。

 END
  

©2019 by NEEDLE CHOO CHOO.com。Wix.com で作成されました。

bottom of page