ラッピング・ラブ
(東卍 みつたい 謎の軸)
せんせいあのね
きょうは、おにいちゃんがマナにクレープをつくってくれました。
おにいちゃんは、クレープをつくるのがすごくへたでした。
でも、あまくてとてもおいしかったです。
また、おにいちゃんのクレープがたべたいです。
三つやマナ
マナは最後の宿題を済ませると、玄関で出かける準備をしていた隆の元へとすぐに向かった。特攻服じゃない、いつになくラフな格好の彼は、これから誰かと遊びに行くのだと幼いマナですらわかった。そして、それが誰かも。こんな気合いの入った格好は、東卍の仲間と会うときにはしない。
マナはその広い背中に抱きついて、ねえねえと声をかける。
「次クレープ作ってくれるのいつ?」
「いつって、まあ、近いうち」
「近いうちっていつ~? 明日?」
「明日じゃねえよ」
せがむマナをなだめて、隆は頭をなでた。クレープなんて代物、そうそう買っても作ってもやれない家庭だ。それが食べれたのがよほど嬉しかったのだろう、明日がいい! とマナは声高に主張した。まだ子どもだ。それが隆はかわいくて仕方がない。
「明日がいい~、明日明日!」
「あ、そういえば。冷蔵庫にアイスがあったなあ」
「ほんと? 食べる!」
甘味でごまかされる妹の背中を見送って、隆はシューズを履いた。すると、背後からルナが顔を出して隆に声をかける。
「今日もタイジュくん来るの~?」
隆が振り返ると、最近ませだしてきたルナが、興味津々にこちらを見ていた。兄の恋愛事情に首を突っ込みたがる年頃で、いつも出かけるたびにそれを言う。
「来ねえよ」
「つまんないの~」
「つまんなくていいの!」
すこし大声を出すと、ルナはきゃらきゃらと笑った。隆はシューズの紐を結び終え、外に出た。待ち合わせは、新宿御苑だ。
・・・
「ああ、大寿くん。ごめんね、待たせて」
新宿門前で、そういうランドマークかなにかのようにどっしりと佇んでいた大寿に向かって、隆は小走りで駆け寄る。大寿は持っていた文庫本を上等そうな鞄にしまい、「待ってはいない」とだけ言った。
「何読んでたの? 聖書?」
「別に、大衆小説だ。普通の本。俺だって、聖書ばかり読んで過ごしているわけではない」
「ふうん。そういうもんか」
「そういうものだ」
暖かい日差しが気持ちよい日だったからか、人の入りはそこそこあった。もうすぐ春が訪れようとしている季節だから、梅を見に来ている者が多いのかもしれなかった。二人はしばらく、だだ広い庭園を歩いた。隆が手芸のコンクールで優勝した話だとか、ルナマナが大寿に会いたがっているという話だとか。
隆は生来そこまでおしゃべりな人間ではなかったが、大寿はそれ以上に無口だ。二人揃えば、喋るのを担当するのはいつも隆であった。
「でさ、あいつら言うんだぜ。大寿くんが来るのいつ~? って。大寿くんはオレのなのにさ」
「お前のものになった覚えはないが?」
「いいでしょ、別に。オレのって言ってたら、ほんとにオレのになるってこともあるし」
「いい加減、俺に構うのはやめたらどうだ」
「大寿くんがちゃんと来てくれるから、やめられないんじゃん」
大寿の嫌味にひるむことなく、隆は甘い声で大寿に言った。
「イヤならちゃんと逃げないと」
そこで、だんだんとほだされかかっている自分に気づいて、顔が赤くなるのを隠すように大寿は早足で歩いた。そうだ、来なくても良いのだ、誘われたからと言ってのこのことやってきている自分が恥ずかしいと大寿は感じた。隆はそれを見て、自分の好きな人はなんとかわいらしいのだろう、と思い、笑った。
・・・
ちょうどいいところに来ると、二人は園内のベンチに腰掛けた。梅の花がよく見える。隆が今日のデート(と称しているもの)を新宿御苑に決めたのは、きっと大寿はうるさいところより、こういうのどかなところを好みそうだと思ったからだ。
黒龍(ブラックドラゴン)の十代目総長を務めた男、もしくは家庭内で暴力を振るっていた男とは思えないほどに、大寿は都会の喧噪より、静かな場所のほうが似合った。それが彼を〝どこか不良らしくない〟と思わせる要因なのかもしれない、と隆は思う。
「不良が二人、新宿御苑なんかで散歩するだけしてるなんて、なんだかヘンな感じだなあ」
「別に、不良だろうがヤクザだろうがなんだろうが、散歩はするだろ」
「はは、そうかもね」
隆は、そう言いながら保冷バッグに入っていた弁当箱を出す。ルナマナ用の、かわいいキャラクターの絵が書いてある弁当箱が、なんだか状況をより一層穏やかにしてくれているようだった。
「弁当つくってくきたんだよね」
「お前が?」
「そう。弁当の時は普段から作ってるし、まあ、大寿くんに食べてもらいたかったっていうのもあるけど」
がぱりと隆が弁当の蓋を開けると、半分にクレープの生地が、もう半分には野菜が入っていた。もう一つの小さなタッパーには、マシュマロとイチゴが入れられている。
「じゃーん。セルフクレープ弁当」
「お前、俺をどれだけクレープ好きと勘違いし続けたら気が済むんだ……?」
「でも嬉しそうだったじゃん。大寿くんがオレ以外の作ったモンで喜ぶの、なんか嫌なんだよね」
だから自分で作ったのだ、と隆は話した。醜い対抗心でしかない。そのために本を図書館から借りて、ルナとマナを試食係にさせて練習までした。彼の瞳に映るのは、自分だけがいいと隆は思う。ゆくゆくは、大寿の服すらも選んでやるだけではなく、自分のデザインしたものを着せたいと隆は考えていた。
大寿はそんな隆の思いを知ってか知らずか、この独占欲から来る献身をただ受け止めた。多少嫌がるポーズはするものの、本気で嫌がったことなどない。なぜなら、本気で嫌なら彼は隆をぶん殴れるのだから。
「自分で巻いて食べるんだぜ。本に書いてあってさ、オシャレだし食べやすいし、いいかと思って。食べてみてよ」
ずい、と隆が大寿に向かって弁当を差し出せば、大寿は素直にそれを手に取り、少し焦げたクレープ生地で野菜をくるくると巻いた。小さなクレープが、大きな手に持たれていることでさらに小さく見える。そして、大寿はお行儀良くそれを口にした。
「……うまい」
「うれしいな、大寿くんにそういってもらえるの」
隆ははにかみ、頬をかいた。そして自分もそれをくるくると巻いて、食べる。なんとも和やかな時間だった。こんな日は、この日本のどこでも殺人事件なんか起らないような気もした。
おわり