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​不滅の愛

(ヘファイスティオン×イスカンダル)

 美しい人だった。
 誰もが彼のことを愛した。ヘファイスティオンもまた、そのうちの一人だった。王・イスカンダルをヘファイスティオンは深く愛していた。愛すがゆえに、彼が世を去ったあとの諍いを受け入れることができなかった。
 ただ、彼女はイスカンダルを恨まなかった。彼女は覚えていたからだ。彼の威光を、彼の思慮を、彼の勇士を。そして、彼の笑顔を。たとえ、混乱を招くような言葉を残したとしても、自分に笑いかけてくれたそのひだまりのようなあたたかさを覚えていた。
「それなのに、自分であの人をしあわせにしようなんて、君は思わなかったんだね。ヘファイスティオン」
 アレキサンダーは、子どもの目でヘファイスティオンを見つめた。その赤い、ルビーの様な目はヘファイスティオンの心まで見通すようだった。ヘファイスティオンは、「はい」と静かに答えた。
「私は王がしあわせであればそれで良いのだ。あの人が笑っていてくれれば、笑わせたのが私でなくとも、いいだろう?」
「そうかなあ」
「そういうものだ。私が覚えている。私が王にたった少し、ほんの少しの慈悲をいただいたことを覚えている限り、結ばれなくても私の愛は不滅なのだ」
 真面目くさってヘファイスティオンが答えると、アレキサンダーはつまらないというふうな顔をして「君は自分の記憶にばかり幸福を求めるんだね」と文句を言って彼女の三つ編みを結ぶのをやめた。さらりと彼女の長い髪がウェーブを描いてほどける。
「君は、忘れないことに甘えてるんじゃない?」
「そんな。そんなことは……」
「人も、サーヴァントも。忘れるものだよヘファイスティオン。君がちょっとばかし特別で忘れないからって、記憶の中の彼と心中していいことにはならない。」
 ヘファイスティオンは黙ってしまった。アレキサンダーは続ける。
「記憶ばかり頼っては駄目だよヘファイスティオン。言わなくちゃ、伝えなくっちゃ消えてしまう想いだってあるんだ。君にはわからないかも知れないけど」
「アレキサンダーは意地の悪いことばかり、私に言う」
「だって腹が立つんだもの。僕の霊基のなかにいる少しの彼が、君を愛していたと言うんだよ。君が伝えてくれなかったことで、胸が痛むんだ。ほんの少しね」
 アレキサンダーはうつむいて、自分の胸をそっと抑えた。そして、儚げに笑った。それは彼の中のイスカンダルが浮かべた、悲しみの笑みであった。ヘファイスティオンは、アレキサンダーを抱きしめた。そうしなければいけない気がした。
「すまない……」
「謝らないでよ。僕に謝ったって、意味がないって分かっているでしょう」
「違うんだアレキサンダー。だって、私は愛している。どんな姿であろうと、王のことを愛しているんだ。もちろん、君のこともだ」
「僕には言うんだ。彼には言わないくせにさ」
 アレキサンダーはやんわりとヘファイスティオンを拒んだ。彼女の腕から抜け出すと、振り返って言った。
「それを言うんだよ。なんで言わないんだ、君は。ヘファイスティオン。欲を出していいのに。君は賢くてすばらしい人だけど、そこはとっても愚かだと思うよ」
 ヘファイスティオンはなにも返せなかった。自分の愛が、献身が、ただ少しだけでも我が王のためになればそれで良かった。それが間違っていたとは思えない。ただ、イスカンダルの人生のなかで、少しだけ役に立つ。それだけが望みで、それ以上をヘファイスティオンは望まなかった。望むことを拒否していたともいう。
「望んでいいのか? 私は」
「知らない。それは僕が決めることじゃないよ」
 アレキサンダーは、肩をすくめてその場を去った。部屋には、ヘファイスティオンだけが残された。
 
  
  

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