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​側にいて欲しいの嘘じゃないの

​(フーカズ)

「外に出たらなにがしたい?」
カズイがそう聞くと、フータは閉じかけていた瞼を開けた。
「なにって、フツーの生活。ゲームして、ダルい講義受けて、ダチと遊ぶ」
「いいね。すごく普通だ」
微笑んで、カズイはフータの胸をなでた。まだじんじんと痛む神経が、そうするとなんだか和らぐような気がフータはした。
悪夢でフータが眠れない夜は、カズイがこうしてそばにいることが多かった。たわいない話をして、フータはいつの間にか眠る。朝になればカズイは部屋に戻っていて、姿を消しているからフータが寝るのを待って寝ているのだろうと思われた。
「オマエはなにしたいんだよ」
フータがそう聞くと、カズイは困ったようにしばし考えて、言葉に詰まった。ううん、と唸る声が部屋に響く。
「聞いといてなんだけど、あんまりしたいことはないかもな」
戻ってもあまりいいことがない、という雰囲気だった。普段楽天的にふるまい、笑顔を絶やさないカズイであったが、たまにこうして寂しさを匂わせる表情をすることがあった。フータはなにができるわけでもなく、ただ「つまんねえやつ」と返した。
「ハルカが言うように、俺もここにいたほうがいいのかも」
「こんなところに? イカれてるだろ」
「だって、ここにはフータがいるだろ?」
「茶化すなよ、キメェな」
「はは」
フータがあからさまに嫌そうな顔をすると、カズイは笑ってその赤い頭をくしゃくしゃとやった。「嘘じゃないさ」と言うカズイの言葉がどこまでほんとか、どこまで嘘かフータには分からなかった。
それが歯がゆくて、気持ち悪くてたまらない。ただ、こいつが本当に「そう」思っているなら、もっと本当のような顔をしてほしいとフータは思っていた。
「嘘じゃねえなら、冗談きついだろ。俺がいるから監獄が楽しいなんて……」
「独りじゃないからさ」
卑屈になるフータに、急に真剣になってカズイは呟いた。なにかあるんだろうな、と思わせるその雰囲気に気圧されて、フータは黙り込む。
「まあ、今はフータの世話するのが楽しいってことかな。子どもができたみたいで、結構おもしろいんだ」
「オレは子どもじゃねえっつの」
「20歳なんておじさんにとっちゃ、まだまな子どもだよ。風呂も一人じゃまだ入れないもんな?」
「うるせえ。好きで入れねえワケじゃねえよ」
カズイは誤魔化すようにすぐさまジョークを言って、またいつものように柔和な表情になった。フータは流されるようにして会話を続けたが、カズイのその態度には不満しかなかった。その青い目が、なにかに気づいてほしいというシグナルを発しているような気がして、そしてその正体に気づけないおのれが嫌でたまらない。
「あーあ、フータがいつまでも怪我したままだったらいいのにな。なんてね」
冗談めいて言ったカズイだが、フータはそれが本音だとほとんど気づいていた。カズイに縋っているのは自分の方だが、カズイもまた、フータをなにかの拠にしているのだ。
「早く治れよ」
そうやって、わかりやすい嘘をついてカズイはフータの眼帯に手を重ねた。
フータはしかめっ面をして、「別に、治ったからってすぐにどっかいくワケじゃねえだろ」とため息をつき、痛む体を動かして寝返りをうつ。背中を向けたフータに、カズイはくしゃりと笑って、「だといいけどね」と言葉を落とした。

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