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​四月のフールズ

​(フーカズ 現パロ)

「オレさあ、最近、SNSで知り合ったオンナといいかんじなんだよな」
 インターネットで調べたらたちどころに判明するような嘘を、フータはついた。このうかれた馬鹿が騒ぐ日に便乗して自分もエイプリルフールの嘘のひとつやふたつ、なにかついてやりたかったのもあるし、どうせやるなら普段から振り回されてばかりの自分が、カズイに意趣返しをしてやりたかったのもある。
 それにしても、フータがついた嘘はどうにも悪趣味だ。恋人関係にある相手に、他に言い相手がいますなんて、試すようなマネをして。怒らせても仕方が無いような嘘を、しかしながら、カズイはただ「そうかあ」と言うだけで受け止めた。
「フータも年頃だもんな。その子とは、うまくやれそうなのか? 会ったことある?」 
 怒れよ! ていうか気付よ! とフータは思いながらも、嘘をついた手前どうにもできず、「ああ」と頷いて返すのみだった。
「気が合う感じで。最初はゲームやるだけだったんだけど、今度オフで会おうってハナシになってる」
「ふーん。行ってきたらいいじゃない。おじさんインターネットはからきしだから分からないけど、良い子なんだろ?」
「あー、うん」
 どうしてこうもカズイは冷静でいられるのか。いつ嘘を嘘だと言えばいいのかわからず、フータは踏ん切りがつかなくなりそのまま突き進むしかなかった。ちょっと動揺したところとか、嫉妬してくれたらいいなとか思っていたのが間違いだった。カズイにそういう感情は無縁らしい――もしくはそういう風にふるまう性格だというのを、フータは忘れていた。
 焦る。だが、今更嘘なんて言えない。名前のない関係とはいえ、一応「付き合っている」の部類に入る自分たちにちらつくオンナの影に、とやかく言ってこないこの年上の男にフータはむかついた。言えよ、とやかく。浮気に。
「どんな感じの子?」
「同じくらいで、守ってあげたくなるような……? ヤツ……」
「ふーん。可愛い子なんだ。フータ、やるねえ」
 お前を知って、今更他のヤツに移ると思ってんのかよ、バカが! もうフータは相手が嘘だと気づくまで、ほんとうのことを言ってやるまいと決心した。この鈍感クソバカ年上面男に自分たちがどういう関係なのかわからせるまで、嘘を突き通すと決心した。

 ・・・

「で、あたしなわけ? バカなのってフータじゃない?」
 待ち合わせ場所にきた二つ年下の女は、呆れた顔をしてフータを見た。フータはその通りでございます、という申し訳なさそうな態度で、カフェの席に着いた。
 ユノは実際フータとSNSの相互フォロワー関係であったが、大学の後輩でもある。嘘を真にするにはうってつけの相手だった。新作のパンケーキと、ランチで手を打ったユノは、相談事に目を丸くして、「なにやってんの?」とフータを叱った。
「あのさ~~、カズイさんにはデートします! って来たわけでしょ。あたしイヤなんだけど、カズイさんにフータと付き合ってるって思われるの。ていうかエイプリルフールの嘘なんてちょっと浮かれすぎ。しかも恋人騙して愛情試すようなマネをする時点でサイテー」
「うぐ、し、しかたねえだろ。ついたもんはついちまったんだし」
「フータってやっぱりバカだよね。考えなしっていうか。せっかくの休みに? 恋人ほっといて? あたしに怒られてるんだし?」
「だあ~~~~。オマエにすんじゃなかった!」
「ハア? あたしまだ良心的ですけど。コトコさんにしたら、絶対ボコられて突き出されてオワリだよ? とにかく、フラれました~って顔で帰って穏便にすませること!」
 正論も正論、ド正論を現実主義のユノにぶつけられ、フータはもうリングのネット際でタオルをかけられているような心持ちだった。圧倒的敗北だ。
「あのさ、こういうと誤解されるかもしれないけど。あんたとカズイさんはすごい不安定だからね。同性、かつ年の差、しかもあんたは元ノンケ。そんなんでオンナの影でてきたら、簡単に壊れちゃうかもしれない関係ってこと、分かった方が良いよ」 
 たしかに、おしゃれなカフェでランチをとるフータとユノは十全に〝恋人〟だった。マイノリティにやさしくなった世界でもやはり存在する多数派のバイアスを含んだ視線から見ても、フータとユノはこれ以上ないくらいに〝恋人〟に見える。
 それが、カズイとならどうか。「なかのいい親子さんですね」こう言われるのがオチなのだから、失笑してしまう。恋人だ、と声高に言える時代でもなし、そういうときフータはいつもカズイになだめられ、子どもと親の顔をしてきた。
「分かってるって。それくらい。オレにだって」
 フータは、オレンジジュースに映った愚かな自分の顔を見て、言う。

 ・・・

 カズイと同居しているマンションに戻ると、カズイは換気扇の下でタバコをふかしていた。フータが帰ってきたのを認めると、吸いかけのそれを灰皿に押しつけてカズイは「お帰り。オフ会、どうだった?」と問いかけた。
「別に。フツー」
「ふうん。かわいかった?」
「だからフツーだって」
 自分が始めたことながら、フータはカズイの態度にイライラしていた。自分が女とデートしてきたかもしれないというのに、どうしてそうまで余裕なのかと怒りを感じていた。だから、つっけんどんな態度が出てしまう。
「フツーねえ」
 カズイは、そう言って換気扇の下にあるチェアに座った。普通、という言葉を舌の上で転がしているようだった。それは二人のなかにないもので、そして永劫手に入らないものでもあった。まずい方向に向かっていることはフータも分かっていたが、嘘を嘘というタイミングを完全に見失っていた。
「なんか言うことねえのかよ」
「? ないよ」
 あれよ、そこは! フータは煩悶した。嫉妬くらいしろよ、しなくてもちょっとくらい文句でも言えよ。あっけらかんとした態度のカズイに、フータは地団駄を踏みたいような気持ちだった。怒った顔をするフータに、カズイは笑って続ける。
「いや、ごめん。あったとしても、俺が言う権利ないよな~と思ってさ」
「どういうことだよ」
「だって、フータには付き合って貰ってる、って感じで。別に俺がどうこう言える立場でもないだろ? 特にフータは若いんだし、色々選択肢をあげなくちゃな、と思ったら、なにも言えないじゃない」
 ヘラヘラしながら、カズイは残酷なことをフータに告げる。この男は、恋人が持ってしかるべき独占欲というものを、どだい持ち合わせていなかったのだ。それはフータにとってひどく悔しい事実だった。
「付き合って貰ってるってなんだよ、オレが慈善事業でオマエと付き合ってるって? んなことあるかよ。っていうか、そういう風にオレが見えるんだったら今すぐ別れる」
「見えないけど、ダメだな。おじさんの悪いところが出ちゃってる。……別れたいならいいよ。覚悟はいつでも出来てる」
 残酷なことに、それは嘘ではないようだった。というのも、カズイがいつになく真剣な表情だったからだ。フータは、自分が性に合わない嘘をついたことを後悔した。そうなると、もう変な意地もどうでもよくなって、頭をくしゃくしゃとかき回すと、しゃがみ込んだ。
「あ~~~~もう、嘘だよ、嘘。カズイ、今日が何の日か忘れたのかよ」
「四月一日……エイプリルフール? いや、フータ。まさかお前がそういう行事に乗るとは思わなくて」
「お陰でオマエがどういうヤツかイヤってほど分かったけどな。なにが付き合って貰ってるだ……。オレは一度選んだ選択肢を選び直したりしねーよ。それくらい分かれよ、っていうか嫉妬くらいしろよ、バカが……」
 みじめな気持ちになって、フータはため息をついた。ユノの言うとおり、試すようなマネなんかするもんじゃない。結果、痛い目をみただけ。クソバカなのは自分だということが嫌というほど理解させられたフータは、すっかり意気消沈してしまった。
「ああ、フータ。ごめん。俺、フータを信じてないわけじゃないんだ。ただ、人間関係っていつかは終わるものだろ? 特に、俺たちは……」
「終わらねえよ。終わらせてたまるか。あー。もう、うぜえ。うぜえ! 辟易する。ユノもオマエも、普通がどうのとか続かないとか、好き勝手言いやがって」
 かんしゃくを起こしたフータは、立ち上がるとカズイに詰め寄った。カズイはたじろいで、なにも言えない。
「好きなら好きで、嫌いなら嫌いでいいだろが。それ以外に、誰も俺たちの関係を決めたりしねえよ。何を怖がってる?」
「分かった。俺の負けだよ、負け。降参。……好きだよ、フータ。誰にも渡したくないし、ほんとうはすごく嫉妬してた。別れたくないし、ずっと一緒にいたい。でも、かっこ悪いだろ? そういうの」
 フータが見上げたカズイは、ばつの悪そうな、情けない顔をしていた。フータにしてみればいつも情けないおっさんだが、その顔にはさみしさも滲んでいた。悲しげなカズイの目が、フータを責める。こんな顔、させていいものではない。
「……かっこ悪いのはずっとだろ。今更どんな顔見せられたって、嫌いになったりしねえよ」
「そうかあ。今日はずっと負かされっぱなしだ。エイプリルフールで騙されたし」
「それは悪いと思ってるって」
 ばつの悪い顔をするのは、フータの方だった。そもそも、フータがしょうもない嘘をつかなければこんなことにはならなかったわけだし。
「まあ、ずっと好きっていうのが嘘じゃないことを祈るよ」
「嘘なわけがあるか!」
「あはは」
 カズイは軽口を叩いて、笑った。相変わらず切り替えの早い男だ。フータは、いつか、この男をしんに縛れる日が来るだろうか、と思った。この雑な恋人関係が、強いものになる日が。エイプリルフールに嘘をついたって、冗談だろと笑い飛ばせるような、そんな日が。
 それまでただフータは、この臆病な男に、ただ好きだと愚直に告げることしかできない。
 

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