報酬はまだ
(みつたい デザイナー×オーナー)
「なんでオレに言ってくれなかったんだよ」
隆は拗ねた顔をして、水族館のように魚がゆうゆうと泳ぐ水槽を眺めながら大寿に文句を言った。
「お前には関係ないだろう、俺の事業のことなど」
「関係おおありだって。オレの職業なんだと思ってるの?」
責めるように隆はじとりと大寿を睨んだ。大寿はコートを脱いで、ソファに座る。自分が長年愛用するこれも、誰がデザインしたか忘れたわけではない。
「何が言いたい?」
「言いたいって、そりゃ、大寿くんがこういう店持つって聞いてたらオレだってやることはやったって話だよ」
「お前に頼むために懇意にしてるわけじゃない」
大寿はため息をついて、ポケットからたばこを取り出した。「吸えるか?」と聞けば、「吸わねえけど、別に。吸って良いよ」と返ってくる。ありがたいことだと思いながら大寿は火をつけた。
「ふう……。それで、なんでそんなに機嫌が悪いんだ。俺の事業は俺の領分だから、お前に頼ることでもないだろう?」
「だってさあ」
「だってもクソもあるか。お前に頼むなら、それ相応の報酬がいるだろう。トップのデザイナーになにか頼むような、そんな金はうちの金庫にはない」
灰皿に灰を落しながら、大寿は言う。隆はグラスを持ちながら、頬杖をついてにんまりと笑った。
「そんなの、大寿くんでいいよ」
「下品な男だ」
「オレはお前のことが好きなだけの、かわいそうな男だよ」
酔っ払いが、戯れ言を言う。高濃度のアルコールが脳神経に回っているのだろう、と大寿は呆れた。俺もそうだ、だから頼らないのだ、だなんて優しい言葉を言うほど器用な人間でもない。それだから、ただ黙って煙を吸った。
「善意はたいがいにしろ」
吸い終わったたばこを灰皿で潰し、それだけを返した。大寿にはそれしか言えそうな言葉が見つからなかったのだ。
「善意だと思ってる?」
隆は、色を帯びた目で大寿を見た。それを受け流し続けて、もう何年になるだろう。お互いもういい大人になってしまったのに、まだこの男は大寿のことを諦めない。
「オレはただ。大寿くんの仕事に別のデザイナーの手垢がつくのが嫌なだけって、ちゃんと言ったほうがいいかな」
「言っても変わらないのは分かっているだろうが」
「そりゃそうだけど」
でもイヤじゃん、と隆は言った。なんのためにその三つ揃いのスーツも、コートも用意したと思っているのだと言いたい気分だった。ただの独占欲なんだよ、とやけになって酒をあおる。大寿は少し気まずそうに、その横顔を見つめた。
「……別に、お前のデザインがイヤだと言っているわけではないだろう」
ばつの悪い気分で、大寿はこぼした。隆は、はっとなって顔を上げる。
「これだって、嫌いだったら、着ていない」
「大寿くん、それほんと!? オレの服好き?」
「調子に乗るな、阿呆」
目を輝かせて喜ぶ隆の肩を、大寿はこづいた。そして、重々しく話しがちな彼にしては早口になりながら言った。
「俺が相応の報酬を払えるようになったら、お前に頼む」
「大寿くんでいいのに」
「殴ってやろうか、久々に」
大寿は、隆をねめつけた。隆はおどけて、いいよ、と笑った。