夢見る大団円
(ミルグラム フーカズ)
「時々夢を見るんだ」
カズイが言う。フータは食事をとるのを止めて、いぶかしげにカズイを見た。
フータの胸部不全骨折はまだよくならない。呼吸するたびに胸が痛むし、こうして食事をとるのも誰かの介助がないと難しい。マヒルもそうだった。彼女はユノに面倒を見て貰っているようだが、フータのそれはカズイだった。
お粥を持って「オレも悪夢と幻聴でさいきんは眠れねえよ」と言うフータに、カズイは「それは大変だ」と返す。カズイの言葉は重いような、軽いような、よくわからない響きがする。ユノはあのおじさん嘘つきだから、と言うし、実際ほんとうのことを言っていないんだろうな、とフータにも分かるときがある。
「おじさんのは、悪夢って言うか。すごいとんでもないやつなんだけど」
言うに、大きな怪獣がやってきて、このミルグラムを破壊してしまう夢らしい。ばかばかしい、とフータがため息をついていると、でも、とんでもないだろ、とカズイは笑った。
「だって、とんでもなく大きな怪獣――ゴジラみたいなのがさあ、ここをめちゃくちゃにするんだ。それで、みんな死んじゃうんだよ」
「死ぬのかよ」
「そうそう。シドウくんも、ハルカも、フータも……看守くんも。みんなみんな、怪獣に踏み潰されちゃうんだよ。もちろん、俺もね」
「オレは死ぬなんて御免だぜ。絶対にここから出て行ってやる」
「若いねえ」
ふ、とカズイは息を吐いた。こいつ、もしかしてミルグラムから出る気がないのか? とフータに思わせるような、寂しげな表情だった。フータと違って一審で赦されているくせに、どうしてそんな態度がとれるのか甚だ疑問だが、赦された側にもなにか葛藤があるのかもしれない、というのはシドウの最近のやつれぶりからも分かっていた。
「俺はさ……。まあいいか。続き、食べるだろ」
カズイはなにかを言いかけて、粥をまたすくって差し出した。それをフータはひな鳥のように食べる。怪我をしてから背負うかのいいものばかりで飽き飽きしていたが、ホウレンソウを食わせられるよりはマシだ。
「んだよ。続き言わねえのかよ」
「いや、フータにこんなこと聞かせるのもな、と思って」
「今更だろ。オマエが情けない性格だっていうのも、だいたい分かってきたし」
馬鹿にするように、フータはハハ、と声に出す。カズイは、参ったなあ、とぜんぜん参ってないだろう台詞を吐いて、残り少なくなったお粥を混ぜていた。
「俺はさあ、ずっと後悔してるんだ」
「なにを」
「そりゃ、椎名ちゃんやフータに、こんな怪我させて、苦しんでるのを見てて、おじさんはのうのうと元気に生きてるってこと。人を守る立場なのにさ」
フータは、どうせ他人のくせになにを言っているんだ? と首をかしげた。言外になにを言いたいのか、うまく察知できない。
「赦されたなら、それでいいだろ。それともオマエも、こんなふうになったほうがよかったって?」
「かもしれないね。ずっと考えてる。ずっと、正しいことってなんだったかなって。たぶん、そういうことから逃げたいのかも。怪獣が現れて、ここをめちゃくちゃにしてくれたら、考えなくていいだろ?」
子どもっぽいことを言うな、とフータは思った。それって、だって、ただの思考停止だ。自分よりずっと大人が、そんなふうに言うのをフータは新鮮に感じた。
「ほっといてもここはもうめちゃくちゃだぜ。怪獣なんか待たなくても」
「そっか、そうだよな。ごめんな、ヘンなこと言って」
カズイはカラッポの笑いをすると、粥の入った皿を片付けてフータをベッドに寝かした。まだ動くと、あちこちが痛い。自分で動くには介助が必要だった。
フータを寝かしつけながら、カズイは「ここは息苦しくて、寂しいよ」と静かに零した。それは怪獣に壊して欲しいくらい? と聞く前に、シドウに処方された睡眠導入剤で、フータは眠ってしまった。