少女漫画にもない結末
(シオイヌ 8th)
獅音は酒が入ると、乾のことを青宗と呼んだ。そして、普段はそんなことひとつもしやしないのに、やたらとベタベタして、乾を困らせた。
「獅音クン、酒くせえ」
「くせえか? そんなに酔っ払っちゃねえよ。なあ青宗」
「酔っ払ってるよ。缶何本開けたかわかんねえくらい飲んでたし」
乾は獅音を押しのけて、コンビニで買ってきた酒の缶を数えた。数本数えたところで、飽きてやめる。獅音は、酔った赤ら顔でそれをヘラヘラと見ていた。
「アア、だって。今日はイヤなことがあったんだよ青宗……」
「だからって、オレを引っ張ってきてすることか?」
「青宗、今日図書館に行くんだって集会に来なかったじゃねえか。来いよ、オレが来いつってンのに、側近のオマエが来なくてどうすんだ」
酔っ払いの据わった目で、獅音は乾を責めた。ここ最近は九井のいる図書館に行くことが多かったから、それで獅音は拗ねているのだ。だが、乾はそんなことを分からないまま、「ごめん」と素直に謝った。
「分かりゃいいんだよ。図書館なんて、オマエが行くようなところじゃねえ。オレの隣にいたらいいんだ」
「うん」
こうなった獅音は何を言っても無駄だともう乾は了解しているので、獅音のいうなりに乾は謝罪をする。
「オマエがいないと、調子がわりいんだよ。なあ、青宗。なんでか分かるか?」
「わかんねえ。獅音クン、もうオレ行くから……」
立ち上がろうとした乾の特攻服の裾を、後ろ髪をひしと掴むように獅音は握った。く、と乾はつんのめって、また座る羽目になる。
「なんでか分かるか、って聞いてるのに帰るヤツがあるかよ。どうせ行くところねえんだろ。オレんち来いよ」
獅音はまた缶のプルタブを開けて、乾を家に誘った。コンビニ前の駐車場に転がる酒の缶が気になるし、警察に補導される危険もある。乾は「じゃあ、行くからもう行こう」と獅音の手を取る。獅音はその垂れ目を細めて上機嫌にその手を繋いだ。
・・・
獅音の部屋に入るなり、乾は酔った獅音に壁に押しつけられ、口を塞がれた。突然のことに驚いた乾は、獅音を反射的に蹴り飛ばしてしまう。
「獅音、なんだよ。女と間違えてンじゃねえぞ!」
こんなことを獅音にまでされてしまうなんて、と乾は傷ついていた。姉と似ている、と言われてきた人生だった。姉と似ている自分が嫌だと思ったことはないが、似ていなければと思ったことは幾度もあった。だから獅音に女に間違われて、乾はほとんど泣きそうな気持ちだった。
獅音はそこでハ、と酔いが覚めたという風に青ざめて、「違う、乾」と慌てた声を出した。
「違う、違うんだ。悪い、オレ、ただ……」
「ただ〝そういう気分だった〟ってだけでオレを女の代わりにすんな、クソ」
「代わりにしてなんかねえ!」
乾がしりもちをついた獅音を見下ろして暴言を吐くと、獅音は大声をだしてそれを否定した。代わりにしてなんかいない? だったらなんだというのだ、と乾は憤慨する。
「なんで。こんな風にするつもりじゃなかったんだ。ほんとだぜ、乾。オレ、ただ、ホントにオマエが好きってだけで、それで。それで、ああ、酔っ払ったらいけねえな。オレはずっと、ただ……」
言葉がうまくでてこないというように、獅音はとりとめもなくしゃべり続けた。乾は、ただそれを聞いていた。かける言葉がなかった。自分のことを好きってだけで、この男はキスをしたっていうのか? 他のなにでもなく、乾自身のことを。乾は戸惑いの中にあった。
「よくわかんねえ。どういうことだよ、獅音」
「うるせえな、そうだって言ってンだろ。それっぽっちのことだ。わりいか! オレはずっと前から青宗ってオマエのこと呼んでやりたかったし、手も繋ぎたかった。夢かと思ったんだ。ホントにそんなことしてるなんて、思わねえだろ」
ふん、と開き直った獅音は立ち上がって、ばつの悪そうな顔をした。つまりどういうことだ、と乾は未だ分からないで、視線をさまよわせた。その手を、獅音はぎゅうとまた、この家に来るときのように強く掴む。
「好きだ」
「オレが、オンナみてえだから? 獅音、そう言うんならまた殴るぜ」
「別にオマエ、オンナっぽくねえだろ。タッパもあるし、そりゃ、カワイイ顔してっけど。そんな風に見てるのオレくらいだろ。いや、オレ以外いたら困るし」
もうずっと、乾は呆けていた。獅音が何を言いたいのか、脳がどこか拒否している。だのに、獅音は続けて、「他の誰にも、言われてねえよな?」と情けなく問いかけた。言われたことなんかあるわけなかった。だからこの男が、他の誰でもない自分を求めてくれているということを自覚するなり乾は火がつくように顔を赤くした。
「言われてない。言われたことなんか、ねえ。獅音クンだけだ」
「よかった、オレが一番だ。なあ、頼むよ。好きなんだ、オレ。こんな家に呼ぶのだってオマエくらいだし、下心だってあった。青宗、好きだ」
獅音の目が、乾をまっすぐに射貫いた。乾は、どう返事をしていいかわからない。ただ、胸がはやる。うれしいのかもしれない、と自分でも思う。
だから、返事はキスでした。自分から誰かにするなんて初めてのことだった。勝手がわからず、触れるだけで終わる短いものだ。
「わかんねえから、これだけ」
あまりの照れくささに、乾はしたを向く。獅音はしばらくぼうっとしていたが、それから乾をぎゅうと痛いくらいに抱きしめた。それはなんとも嬉しそうで、なんだか乾も嬉しくなってしまう。これが好きってことなら、そうなのかもしれないな、と思って、その背中に手を回した。