崩壊するケーキ
(ミルグラム 0805)
「ケーキを持ってきました。食べませんか?」
シドウが、アマネに向かってパウンドケーキを見せた。アマネは途端に嫌そうな顔になって首を振る。
「そういうものは好みませんので」
「あの、野菜なんです」
「はい?」
「野菜ケーキなんです。ヴィーガンのあなたでも食べやすいように、と思って」
シドウは、嫌がるアマネに向かって、なお追いすがるように「野菜です」と繰り返した。アマネというこどもに、シドウはどうしても子どもの喜びを知って欲しかったのだ。その優しさは、アマネに届かないとも知らないで。
「アマネ。これなら食べられますか?」
「いえ。野菜かどうか、というよりも、嗜好品かどうか、が重要ですので」
「ああ、そうなんですか。でも、これは主食ともとれませんか?」
「とれませんよ」
パクリ、とシドウはアマネの目の前でパウンドケーキを見せつけるように食べた。そして微笑んで、「ああ、ほうれん草の味がします」と言った。
「おいしいですよ、アマネ。エスくんにお願いしたんです」
「そうですか。でも、私は要りません。それは決定事項です」
ふい、とアマネはこの場を去ろうとして、きびすをかえした。その拍子に、アマネとシドウの身体がぶつかってしまう。
ガチャン、という音が響いた。皿は割れていなかったが、ケーキは無惨にも散乱していた。アマネがなにか声を出す前に、シドウは「アマネ、大丈夫でしたか? 汚れてませんか?」と心配した。
それがどうにも居心地が悪くて、アマネははやくここから抜け出したいような気分になる。
「大丈夫ですので。シドウさんは自分のほうを気にした方がいいのでは?」
「いえ、俺のことは気にしないで。ああ、でもケーキが」
がっくりとして皿で潰れたケーキを拾い集めるシドウは、どうにも哀れだった。
だが、アマネのなかに彼に向かってかける言葉が見つからない。