恋人じゃないとできないこと
(しきあき)
初めてキスをしたのは敷からだった。隣りに座っていた叡の大きな手に同じくらい大きい自分の手をかさね、したい、という目で見れば、照れたように叡は目をつぶった。
長年友達をやってきた二人であったから、キスのひとつやふたつ容易だった、とは言い難かった。
叡のかさついた唇に自分の唇が重なるのを、敷は照れくさい思いで享受した。
心臓がはやり、顔があつくなる。それは叡もおなじだということは一目瞭然だった。
「はは。キス、しちゃったな」
敷が顔を赤くして言うと、叡も、「……ああ」と言ってうつむいた。
こんな態度、友達であったときはついぞ叡は見せなかったし、敷もこんな情けない顔を叡に見せたことはなかった。
「キスしたら、もう恋人っぽいな」
敷がそういうと、叡は「恋人」と復唱して、ぎゅうと自分のユニフォームの胸の辺りをつかんだ。そこが痛むらしかった。
「敷と恋人になるとは、思わなかった」
「俺も、ずっとダチだと思ってたし。これからもそうだって思ってたよ」
改めて二人は照れて、真っ赤になった顔を見せまいとして背中を向け合う。体育館裏の、木の下で二人はしばらく黙っていた。
「キスって、こんな緊張するんだなあ」
敷が顔を覆って言うと、叡も、「すごく緊張した」と返した。
「どれくらい?」
「今まででいちばん」
「そっか」
二人は背中合わせでもたれかかって、空を見た。青い空が二人を見守っていた。
「なんか、ほら。叡とはずっとダチって感じだったから。やっぱ恋人って感じしねえんだよな」
「俺もそう思う」
「でもさ、ダチはキスしないだろ。でも恋人ってのも変な監事でさ。キスする友達って感じだ」
敷が本音を打ち明けると、背中の叡はすこし黙って、「そういうのを、セックスフレンドというのか?」と聞いた。思わず、敷は噴き出してしまう。
「いや、ちげえから。俺たちは友達で、そんでなんかキスしちゃうけど、セックスフレンドじゃねえよ。セックスしてないし」
「そうなのか」
「俺はしたいけどね」
「なっ」
叡は振り向いて、はくはくと口を動かした。「それじゃあセックスフレンドになってしまわないか?」とそこではないだろ、みたいなことを聞いてくるずれた叡が、敷はどうにも愛おしい。
自分だけのものにしてしまいたい、という気持ちが、腹の底で煮え立っている。
「違うって。俺たちは永遠のダチで、ついでにちよっと恋人なだけ。キスもするし、いつか俺はお前とセックスしたいよ。叡は?」
「……キスは、悪くなかった。こんどはこっちからしたい、と思った。セックスは……敷がしたいなら、してもいい」
それが精一杯だったのだろう。叡は立ち上がり、むん! と気合の入った表情を見せた。
「敷、次はこちらからキスをしても?」
「セックスフレンドとして?」
「茶化すな。友達で、ちよっと恋人の、叡としてだ」
それがおかしくて、あまりにも愛らしくて、敷はその手を引くとまた口づけた。
叡は驚いて、「こちらからと言っただろう!」と怒った。それもまた、敷にとっては愛おしいのだった。