恋人なんかよりもすごいこと
(しきあき)
「バッカ、こんなのかすり傷だよ」
ただひざをすりむいたようなものなのに、叡がいやに丁重に手当をするので、敷はなんだかおかしくなって笑った。
「絆創膏だけでいいって」
敷が言うと叡は困ったような顔をして、「だが」と所在なさげなこどものようになって包帯を自分の手にぐるぐるとやった。
「そもそもバレーなんて怪我するスポーツじゃん。あんま気にするなよ」
「しかし、敷」
「おいおい俺を包帯だるまにする気か? 叡」
明らかに過剰な量の包帯を手に巻きはじめてしまったけなげな叡を、敷は笑い飛ばす。ただブロックのときにぶつかってコケただけなのに、叡は異様に敷を心配した。
それは彼の生い立ちに起因しているのは自明だったが、敷はとくに指摘をしない。ただ、もう隣に並べるくらいにはなったのだから心配してほしくないというのが敷の思いだった。
「包帯するとバレーできねえからヤだ。お前も俺がコートにいないとつまんないだろ」
そう言うと、叡はしぶしぶと包帯をしまって、絆創膏を取り出した。擦りむいたひざに、丁重に貼っていくのがあまりにもおかしい。
「プレパラートじゃないんだから、そんな慎重にしなくてもなあ」
「敷は注文が多い」
「テキトーでいいの。ダチなんだからさあ」
そう言われると叡は弱いのを敷は知っていた。ずっと敷と対等でいたかった叡は、友達扱いされるのにめっぽうよわい。「ダチ」という言葉に気分を良くして、叡は「そうだな」と弾む声で返した。
「しかし、友達を心配するのも、同じことだろう?」
「まあそうだけど。速く練習戻ろうぜ、みんな待ってるし」
さっきからはやくしろと言わんばかりに欽鳳が睨んでいる。敷はまだ叡をからかっていたかったが、叡が絆創膏を貼り終えるとそのひざを叩いて立ち上がった。
「よし、行くぞ」
「ああ」
敷が声をかけると、叡も救急箱を閉じて他の部員に渡し、立ち上がる。少し前まではこんなふうに叡を自分がリードするような立場になるとは敷は思っていなかった。二人はコートに戻る。
「練習中にいちゃつくなよ、バカップルが」
欽鳳は呆れたように言って、バレーボールを二人によこした。叡は言われた意味がよくわからないのかきょとんとしていたが、敷は笑って、「バカップルじゃなくてダチな、永遠のダチ。カップルよりスゲーやつ」と言った。