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​敵わない男

​​(みつたい)

 「お前と付き合うことはできない」
 大寿が、静かに言った。隆はそれを聞いて、ああ、今オレはフラれているんだ、と気づいて、肩を落として座り込んだ。
「大寿くんなら、そういうと思ったよ」
 別に、勝算があったわけでもない。隆は自分の気持ちを伝える前から、おそらくこうなることはなんとなくわかっていた。そう言うと思った。嫌いだとか、好きじゃないとか、そういう言葉を選ばないで、大寿はやさしく自分をフるだろうと、隆は知っていた。
 大寿は敬虔なクリスチャンだ。キリスト教のことは詳しくないが、隆はこれくらいは知っている。神聖な神の前で、同性愛は御法度だ。
「あ~あ。分かってたのに、実際言われるとヘコむなあ」
「ヘコんでいるようには見えないが?」
「これでもかっこつけてんの」
 好きな子の前では情けないとこ見せたくないでしょ、と隆がこぼすと、大寿は目をぱちくりとさせて、別に、ケンカでボロボロになっているところなら幾度も見た、と言う。そういうんじゃないって、と隆は笑う。
「ともかく、俺はお前と付き合うことはできない」
「二度も言うなよ。オマエの神様が、オレを許してくれないって知ってるさ」
「別に、神は関係ない」
「え、そうなの?」
 驚いて隆が顔を上げると、大寿は隣に座り込んで「神は確かに、お許しにはならないが」と少し言いにくそうにして、言葉を選ぶように手遊びをした。
「神とは関係なく、俺はだれとも一緒になろうとは思わない」
「なんで?」
「俺の愛とは、暴力だからだ」
 大寿は己の手を見つめた。その破壊的な暴力を生み出す両手が、しろく晒されて冬の風を受けている。隆は、それで大寿がなにを言わんとするかを察した。脳裏に浮かぶのは、クリスマスの出来事だ。八戒と、柚葉のこと。彼が家族になにをしてきたかということ。
「それが正しいことではないと、柚葉や八戒に教えられた。だが、人間の性分がすぐにでも変えられるわけがない。そうだろう?」
 悲しげな表情だった。自らの愛を、暴力としてしか示せない、愚かな人間がそこにいた。隆は、そんな彼を守りたいと思った。不器用で、この世で生きるにはあまりにも強大な力を持った大寿。彼がどんな人間であろうと、今更隆の気持ちは変わらない。いや、このような人間だからこそ、好きになってしまったのだと自ら思う。
「オレは……。オレはさ、そういう大寿くんのこと、ずっとそばに居てやりたいと思うよ。もし、オレのこと殴りたくなったら、ここみたいな河原でタイマンでもしようや」
 負けるばっかりかもしれねえけど、と隆はそのからだにもたれかかった。河原の空気は澄んで、月光が二人をやさしく照らした。隆のインパルスも、このときばかりは静かにたたずんでいた。
「とんだ阿呆がいたものだ」
「また、嬉しいくせに」
「今、タイマンするか?」
「照れ隠し? うれしいな」
 大寿は顔を赤くして、うつむいた。どうにもこの男には敵いそうもない。ケンカでは負ける気がしないのに、どうしてかそう思った。

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