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​灰皿人間

​​(イザイヌ 8th時代)

 まっさらだった乾青宗に、不良という色を染めたのは黒川イザナだった。
 たしかに乾は黒龍(ブラック・ドラゴン)に憧れていた。それは初代メンバーのきらきらしい実績を聞いて、子どもが宝物に手を伸ばすような、そんな幼稚な気持ちだった。
 きれいなものほど汚したいとはよく言うもので、そんな黒龍への憧れを完膚なきまでにめちゃくちゃにしてしまったらどうなるだろう? と手を出したのが始まりだったような気がする。
 不良になる、ということがどういうことか分かっていないいたいけな子どもをつかまえて、一からその人格形成をするのは、まるでたまごっちを育てるのにも似ていた。イザナはついぞやったことがなかったゲームだ。
 そんな黒川のたまごっち・乾はケンカが下手で、すぐにボロボロになってイザナのもとに帰ってきた。
「あーあ。なにしてンの。そんなんじゃやってけないぜ」
 そうやってイザナがからかうように言えば、乾は「別に」と言外に含意をふくませながら返事をした。最近、主人に対して隠し事をするようになってきているこの犬は、ケンカをするたびにその儚げな美しさを増していた。
「主人に隠し事はしねえよな」
 ガン、とその辺のドラム缶を蹴って脅した。本人を殴っても良かったが、それはその後のおたのしみでもあるので取っておく。
「黒川くんに、隠し事とかねえよ」
「そうだなあバカイヌ。オマエはオレに逆らったりできないもんな」
「うん、できない」
 だって総長だから、と言う乾は、本当にイザナ好みの人間になっている。そう、この世界の王たるイザナに逆らうのはバカのすることだ。乾も例外ではない。
「でもなんか隠し事してそうだから罰な」
 イザナは吸っていたたばこを乾のしろくやわい肌に押しつけて、じゅう、と音がするのを聞いた。
「あ、あ゛あ゛っ」
 変声期前のアルトが、濁った声を出して痛みに狂いもだえる。それが面白くて、ついついイザナは崩れ落ちた乾の背中を踏んでしまった。
「不良ならこれくらい当然だぜ、乾」
「……うん」
「ケンカ上手くならねえと、一生オレの灰皿だって分かれよ」
「うん」
 本当にこの犬はイザナの言うことを、いっそ面白いぐらいによく聞いた。奴隷と違って聞くだけだったが、それはそれで育成ゲームのよう、とやはりイザナは思っていた。
 乾といると、この少年を自分の裁量でどうとでもできる、という傲慢な征服心が、尊大な慢心が、満たされていくのをイザナは感じていた。
「人間になったら、愛してやってもいいかもな」
 白い手に引き攣れたやけどを負った灰皿に向かって、イザナはそう言った。だが、それが現実になるとはどちらも思っていなかった。灰皿は灰皿のままで、人間になどなれやしないのだ。奴隷とは違って。

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