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​素晴らしい日々

​​(みつたい 幹部×オーナー ワンドロ「花火」より)

 ジュウっていう花火の断末魔と、たばこの火を消すときはちょっと似ているだとか、あのとき好きだったロケット花火なんかより、線香花火に感情移入するようになっているだとか、そういうことを総じて「大人になったな」と三ツ谷隆は思った。
 昔だったら振り回してあそんでいた噴き出し花火も、ただこうして色の移り変わりをながめることの良さを、知ってしまっていた。
 だからなんだと、中坊の自分がしなびたスーツの背後でそう言った。そっちのほうがよかったかもな、と隆は苦笑いして振り返る。
 そこには、「オマエがやりたいと言ったから、きてやったのに」という不満顔をかくしもしない柴大寿が立っていた。

 

 ・・・
 
 お互い大人になって、違う道を歩んだけれど、それでもどうしてもこんな熱い夜にはそんな関係性すらまどろっこしくなって、全裸で寝るみたいに全てを脱ぎ捨てて隆は花火セットを持って大寿の家の扉を叩いたのだ。黒服の男が、パーティセットを持っているのはさぞ滑稽な姿だったろう。だが、大寿は久しく会っていない友人を温かく迎えた。
「最後に会ったのは、冬だったか」
「夏まで生きてたんだ。嬉しいだろ、大寿」
「……嬉しくない、とは言わない。顔見知りの死亡報道ほど、後味の悪いモノはないからな」
「ふうん。ありがとね、大寿くん」
 隆がこうしてずるい男で居続けられるのは、最終的に大寿が赦してしまうからで、それは彼の好意に甘えているのでもあった。恋人でもないくせに、相手の気持ちを利用するばかりの自分のくせに。大寿は、隆になにをされてもきっと最終的にはため息をついて赦すだろうと、隆はなんとなく分かっていた。だから、こんな振る舞いができるのだ。
 大寿を例えるなら、なじみの店で良い子に待っているキープボトルだ。実際、隆がキープしているのは大寿だけなのだが、「オマエだけだよ」なんて甘くて、カタギにとっては最悪の台詞を言うようなこともできない。

 

 ・・・

 

 そう。ずっと大寿はカタギで、隆はゾクだった。実際がどうとかじゃなくて性根の話だ。
 ちんまりと座り、噴き出し花火を持っている姿が大寿の姿が愛しい。だが、手に入れてしまったら、その輝きはジュウという音とともに消えてしまうだろう。光で白飛びした景色が、美しい。花火も、そしてそれを持っている男も。
 自分がどういう組織に属しているか、分からない隆ではなかった。こうやって会っているのも充分不謹慎なことだと承知している。けれど、それを求めているのは隆だけではない。それを免罪符に、隆は笑ってネズミ花火に火をつけて放った。
 ぐるぐると回って、大寿の足元を邪魔するネズミ花火に、こうやってルナやマナも大寿に懐いていたっけ、と思い出す。今は会えるはずもない二人だ。
「三ツ谷ァ、人に向かって花火を投げるな」
「ごめんごめん。つい昔のくせがさあ」
「ろくでもない癖だな」
 オレって、こんなに大寿とうまく喋れなかったっけ、と隆は内省する。昔はもっと、垣根を越えて話せていたような気がする。だが、今はもうそうはいかない。カタギと、半グレの壁は厚い。汗がじっとりとシャツの背中をぬらした。なんとも暑い夜だ。
「……オレさ、こんな花火なんか持ってきて。何したかったんだと思う?」
「知らねェ。まあ、そろそろ顔が見たいと、そう思っていたとこだ。理由なんかどうでもいいだろ」
 ふん、と大寿は隆の横に座って、線香花火を取り出した。ずっとそうだったが、彼の持ち物の上等なジッポで火をつけるのがなんだかおかしい。
「俺もやろうかな。貸してよ」
「なんならやろうか? オマエ、たばこ吸うだろ」
「大寿くんは吸わねえの?」
「吸わねえ。ライターは、仕事でたまに入り用だってだけだ」
  プレゼントのひとつ渡すのも、好意を伝えるのも不器用な男が、ちらりとこちらを見た。隆は浮かれそうになりながら、貰ったジッポで線香花火に火をつけた。
  先に花火を付けていた大寿の横で、隆も火をつける。長生きしてくれよ、大寿の火をせっかく使ったのだから。隆はそう願った。
 
 
 END
 
 
 

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