絵の中の男
(ポケモンSV ハサアオ)
ああ、なんて可哀想な男。コルサは隣の友人に向かって思った。
友人――ハッサクは、ニコニコと笑って、目の前の絵を見ていた。コルサが描いたその絵をいたく気に入って、ハッサクは近くに寄るたびにコルサのアトリエを訪れていた。ただの、男の後頭部の絵だ。もっと人気の風景画もあるし、力作の女性画もあるのに、ハッサクはコルサのその作品ばかりを褒めた。
「この人は、どのような顔をしているのか、小生は気になりますですよ」
うっとりと、甘い声でハッサクは言った。だが、コルサは呆れてものも言えない。なぜなら、この絵にモデルはいないからだ。だから、顔などない。
だのに、ハッサクはその男を見てはあれやこれやと想像を膨らませて言う。「この男はどんな顔をしているのか?」と。
コルサは、黒髪の男の後頭部を見ながら、「さあ……」と言うしかない。
「ハッさん。ワタシの絵が素晴らしいのは当たり前だが、これはそんなに気に入っているわけでもない。出来がとくべついいわけでも……」
「でも、小生はこれがいちばん好きですよ。コルさん」
本気の目だった。もう、ハッサクにこの絵をやってしまいたいとコルサは思うくらい、ハッサクはこの絵に執着していた。
「それは光栄だ……」
実際、褒められるのは気分の悪いことではなかった。ハッサクはコルサの恩人であったし、尊敬すべき存在だったので、そんな存在に肯定されるのは嬉しい。だが、その様子がどうにも薄気味わるく、常ならぬものであるから、どうにも扱いが難しい。
だから、可哀想、と思って話を聞くしかなかった。
「一度でいいから、見てみたいですね、顔」
そうハッサクは言う。土台無理な話だ。だって、それは絵だ。二次元の平たい紙に書かれた後頭部のウラを見ることなど、できやしない。加えて、コルサはこの男の顔を二枚目の絵として描いてやろうとしたが、どうにもしっくり来ず、全て捨ててしまった。ハッサクが満足するとも思えなかった。
「生きている人間ではないのだぞ」
釘を刺すコルサに、ハッサクは照れたように笑う。「そうですね」わかっている、とハッサクは言う。分かっている、分かっていても、やめられないことはある。
たとえば、タバコに酒。そして、絵に恋をするということ。
「ああ、やはり。顔が見たいです」
ハッサクは、また呟いた。可哀想な男。コルサは再び思った。