薄荷のきもち
(ココイヌ 年少あがり後くらい)
ドロップのカンカンを見ながら、ココは言った。
「イヌピー、今度の金曜ロードショーは見るなよ」
「俺、その時間寝てるから見ねえ」
俺が言うと、ココは「ならいい」と口にした。そしてココはさっきから手持ち無沙汰そうに持っていたカンカンを振って手にドロップを出して、俺に差し出す。
「やるよ」
「ハッカじゃん」
「イヌピー、ハッカ好きじゃんか」
「ココが苦手なだけだろ」
ふん、と俺がそっぽを向くと、ごめんとココは謝った。俺はココからドロップのカンカンを奪って、ガラガラと手の上に飴を出した。しかし、やはり出てきたのは白くて不透明なハッカのキャンディだった。
ココが苦手だから、食べられず缶の底にずっと溜まっていたのだろうそれが、俺の手のひらにおちてきたのだろうと思われた。レモンもストロベリーも、全部食べられて、ハッカばかりが入った「はずれ」の缶。
「これは俺がもらっとく」
俺は特攻服のポケットにそれを突っ込んだ。どうせ、ココの手元にあっても食べられないものだ。それなら、誰かが貰ってやったほうがいい。案の定、ココは「いいよ、やる」と言った。ココにとってのはずれのドロップは缶のなかで寄り添って眠って、それで捨てられてしまうかもしれないと思ったら、俺はそれをなるべく大事に食べてやろうという気になった。同族への親近感みたいなものだったかもしれない。
ぽい、と貰った一粒を口に入れる。脳が冴えて、黒いモヤモヤが消えていくような気がした。
「そういや、なんで金曜ロードショー見るななんて言うんだ?」
「ああ、いや。イヌピー、苦手そうだったから」
「ふうん」
ココは言いにくそうに言葉を濁した。たぶん、あのときを思い出させるような映画なのだろう、と察して、俺は追及するのをやめた。ココと俺の間では、あの、悪夢のような日は長らく口にされていなかった。
ヒールを履いたぶん、だいぶ俺の方が高くなっている視線から、ココを見下ろすと、ばちりと目が合った。そしてココはさっと目をそらす。
俺はおまけの人間だ、という感じがむかしからあった。ココが好きなのは姉の赤音で、俺ではないし、ココが助けたかったのも、俺ではない。ココが食べないハッカの飴のように、おまけの人生を長く生きてしまっているだけ。
「そういえば、ココは何味が好きなんだ?」
「飴か?」
「そう、飴」
なんとなく聞いてみると、「レモン」とココは答えた。初恋の味だ、と俺は思った。甘酸っぱい、普通の恋愛の味。制服姿のココと、特攻服の自分が並んでいるときには決してしない味だ。
「だから、いつもレモンからなくなるんだ」
「クレヨンも、昔から好きな色からなくなってたよな、ココ」
「そうだっけ?」
「そうだ」
だから赤音も、そうなったのかもしれない。そう思うのは少し戯作的な感じがした。でも、少なくとも俺にとってはそう感じられた。ココは俺といてもいいことにはならない、という感じが常にあった。
「ハッカって、どんな気持ちで入ってるんだろうな」
「なんだよ急に」
「わかんねえけど、ちょっと思っただけ」
レモンのドロップは透明な白だ。不透明な白のハッカとよく似ている。赤音と俺が間違えられたように、レモンとハッカは間違えられているだろう。そして、ハッカがいつも「はずれ」と言われるのだ。
レモンは恋の味なら、ハッカは何の味をしているだろう。赤音に寄せるココの思いが恋なら、俺にはどんな思いを抱いているだろうか。
ポケットのなかのハッカも、きっと知りたがっている。恋でなければ、なんなのだと。