最低てまえのクリスマス
(東リベ フィリピンマイキー×タケミチ)
今日もDVDを陳列して「クリスマスにおすすめ!」なんていうポップをつけるくだらない仕事を片付けてオレは家に帰った。コンビニで適当にケーキを選んで、それで、目についた二個入りのチキンもカートにぶちこんだ。
世間はクリスマスで湧いていた。だからといってオレがどうっていうわけではなかった。ヒナは生きていないし、マイキーくんは殺してあげられなかった。過去にも戻ることも、今はできそうもない。オレが弱いから、なにも守れなかった。守れなかったのに、とぼとぼと歩くオレの上ではイルミネーションがあざ笑うように点滅していた。
「ただいま」
返事はなかった。彼はきっと時差ぼけでさいきんはずっと寝ている。フィリピンと日本の時差は知らない。でも、オレとマイキーくんの心の距離くらい離れているに違いないと思った。
「ケーキ買ってきたよ、好きそうなの」
きっとオレの知っている彼ならば好きだと喜びそうな、イチゴの乗ったショートケーキ。ケーキの好みを聞いたことはなかったけど、お子様ランチが好きだった〝あの〟マイキーくんならきっとこれが好きに違いないと思った。オレが救えなかったあのあどけない顔が、脳裏に浮かぶ。
「食べる」
大人になった、昔とはずいぶん様子の違うやせぎすの男がオレに茫洋と言う。こうして見ると彼も自分も大人になった。そりゃ、タイムリープしているからオレはオレだけど、きっと彼の方が変わってしまった。そりゃあ、二十になっても中学生の頃のまま笑える人間がこの世にどれだけいるだろう、って話だけど。でも、彼はすっかり、オレの知っている〝無敵のマイキー〟ではなかった。なくなってしまった。そうなった理由は話してくれない。ドラケンくんも、千冬も、みんなみんな、彼が殺してしまった。怒りを覚えないわけではない。なんでこんなやつのために頑張らなきゃいけないの、なんて気持ちがないわけではない。でも、でもオレはオレを信じてくれたあの日の、中学生の頃のマイキーくんを取り戻したいなんていう身勝手な気持ちで彼をずっとそばに置いていた。
最後まで心配してくれたのはナオトだ。でも、あいつはオレには甘いから。最後は「どうしようもなくなったら呼んでください」と泣きそうな顔で笑った。
「イチゴのやつとチョコ、どっちがいいですか? オレはイチゴかな、と思って買ったんですけど」
「チョコがいい」
「……そっか。じゃあ、万次郎くんはチョコね」
もうきっと彼はオレの知っている彼ではない。なんとなくマイキーくん、とも呼べなくて、ずっと万次郎と呼んでいた。苦しいな、とイチゴを見下ろした。それをほしがってよ、オレのイチゴを奪ってくれよ。そういうのが〝マイキー〟だろ。ひたすらに悲しかった。でも泣いたら万次郎くんが心配してしまうから、自分のせいと己を責めて欲しくないから、無言でイチゴとチョコのケーキを買ってきた紙皿に分けた。洗い物が楽でいい。
「チキンもあるんです」
「そっか」
「クリスマスなんですよ、今日……」
「ふうん」
「だからどうってわけじゃないんですけどね。ほら、世間がクリスマスムードだから。買っちゃった」
本当にどうってわけじゃない。でも、笑ってくれるくらいして欲しいなと少し願っただけ。ただそれだけだった。ケーキを買ったのも、チキンをこうして用意したのも、クリスマスなら、「最低」の少し手前で浮遊している万次郎くんも笑ってくれるかもしれないと思ったからだ。本当にただ、ただそれだけのことで。
現実の彼は、無表情でチョコのケーキを食べている。高いヤツなんだよ、なんて言ってもあまり反応はない。やっぱりオレは彼がほんとうはイチゴの方が食べたいんじゃないか、と思った。だって、そっちのほうが〝マイキーくん〟らしい。
「ねえ、万次郎くん。やっぱ、オレのイチゴ、あげます!」
チキンを食べる前に手をつけてしまったケーキの上のイチゴをつまむと、オレは無理矢理彼のチョコケーキの上に乗せた。ピサの斜塔みたいに崩れそうになってしまったケーキが、それでも彼にはぴったりに見えた。
「……くずれそうじゃん」
マイキーくんは、そうして今日初めて笑って、ガキ大将みたいにイチゴをぽいと口に入れた。とりあえずそれで今日は充分だった。最悪にすれすれで苦しい毎日でも、クリスマスだけはケーキを食べて、笑ってもいいだろ。それ以上にできることは今のところ、ない。