結婚式にスピーチはいらない
(みつたい デザオナ みつ←たい 大寿が女々しめなので注意)
有名なハリウッド映画の佳境シーンで男女がキスするのを、大寿は茫洋と見ていた。
「命の危機だってのに、キスするなんておかしいよなあ」
そう三ツ谷がケラケラと笑って、ポップコーンを食べている。確かに、そういう場合ではないな、と大寿は思う。こんなパニック映画の死にそうな状況で、恋人でもないくせにキスするか?
するかもしれないし、しないかもしれない。当事者じゃないとそれはわからないだろう、とも思えたし、現実的にありえないだろうとも思う。
「吊り橋効果というのがあるだろ。それじゃないのか?」
「危険を乗り越えて愛が芽生えて? 確かに、オレだったらそうなっちゃうかも」
「情熱的だな」
熱いベーゼを終えた男女が、別れていく。それは、確かに大寿の目にもドラマチックに映った。三ツ谷が、そうやって女相手にキスしているのは容易に想像できて、そういえばこの男が誰かと〝そういう〟仲になっているなんて話は聞かなかったな、と大寿は気づいた。聞いたことがないから当たり前なのだが、自分がそういうことに興味がないにしろ、いい年して自分ばかりと遊んでいてコイツはいいのか? と大寿は疑問に思う。
そのことは自分にも跳ね返っていると、大寿は気づいていた。だが、それには見ないふりをした。30にさしかかった大寿に、縁談の声はいくつもきていた。デスクのなかにしまって無視をしているお見合い写真が、キスをしないかと大寿を呼んでいる。
ああ、うるさい。映画に集中できないではないか、とビールをぐいと煽る。隣の三ツ谷は、真剣に恐竜が暴れ回るのを見ている。
・・・
「やっぱティラノサウルスかっこいいな、デカく強くてさ~。オレ思い出しちゃった、現役のころの大寿くん」
「もう十年も前の話を持ち出すな」
「今もかっけえけどな。起業してさ、いい部屋住んで。好きなモンつめたレストラン作って……」
「オマエだって、今じゃ仕事ひっきりなしだろ」
「お陰で睡眠時間がね」
エンドロールを眺めて、二人は軽口を叩きあう。「あとは、結婚とか?」何気なく三ツ谷が口にしたことで、さっきまで忘れていたデスクの中のものを大寿は思い出した。
「しないの? 大寿くんってそういうの声かかってそうだけど」
「しない、当分はな」
〝当分〟というのは、オマエが結婚するまでは、ということだったが、わざわざいうわけでもない。言ったところで、困らせるだけだと大寿はよくよく了解している。自分と三ツ谷は〝いい友人〟だが、それ以上にはならない。なるのなら、もうとっくになっている。
「そういうオマエはどうなんだ」
大寿が言えるのはそれくらいだった。好きな相手の前で、どうにもうまく喋れない自分に辟易する。オマエが好きだから、オマエが勘違いをさせるからずっと誰とも付き合ったりなどできぬのだと、この友人の前でどうして言えようか?
「まあ、ないことはないけど。納期前で切羽詰まってさ、忙しくてメールの返信やらなかったらフラれたりとかね。女の子って難しいんだぜ」
「そういうのはしばらく御免だな。メールの返信は、取引先くらいでいい」
「淡泊だな、大寿は」
ハハ、と笑う。淡泊なのではなく、ただ操立てしているだけなのだ。大寿はだんだんとイライラしてきて、もう、言ってしまおうか、という気になる。ここまで10年我慢した。10年我慢したらもう良いではないか。大寿の耳に悪魔が囁く。
「淡泊? オマエにはそう見えるのかもな」
ギロリ、と大寿は切れ長の目で三ツ谷を睨んだ。
「宗教とか、オレにはわかんないこととか。いろいろあるのかと」
「確かに、いろいろあるんだよ。オマエには分からないことが」
はあ、と大寿は大きくため息をついた。当たり前に分かるはずがないだろう。オレのほんとうの心が。十年抱えた恋情に似た胸を焦がすような気持ちが、大寿の脈をはやくする。
三ツ谷はそんなこと知らんぷりだ。「でも、大寿くんの結婚式の友人代表スピーチはオレにしてくれよ」なんて言いやがったので、もう大寿は我慢ならなかった。酔っていたのもあるが、三ツ谷が、10年も、そう、10年もだ! 大寿を少したりとも失望させなかったのがいっとう悪いのだ。こいつが、こいつのせいで逃したものがいくつあろうか。富も名誉もいらなかった。この男からすこしだけでもなにか慈悲が貰えるなら、なにも必要などないのだ。だのに、分かりもしないで三ツ谷はそんな残酷なことを言う。
「スピーチをオマエに? まっぴらごめんだ、三ツ谷」
「ええ? でも、他にアテあんの? 乾か九井とか? オレの方が仲良くね?」
「犬猫の話はいいだろ。俺はもう、10年も我慢した。スピーチ? 結婚? くそ食らえだ。オマエが横にいて、俺がいる。それでいいじゃなねえか。俺はそれだけしか望まねえぞ。なんでか? 聞かせてやろうじゃねえか。オマエが、ただ、好きってだけでな!」
ぐわ、と大寿は三ツ谷のニットの胸ぐらをつかんだ。三ツ谷は目を白黒させて、それから、照れたように顔を押さえた。
「へえ、はは。大寿、それってなんだか、告白みたいだ」
「当たり前だろ、告白してるんだからな」
思いの丈をぶつけてしまえばもうすっきりとして、これからどう転んでも自分は後悔しないだろう、と大寿は思った。三ツ谷は、大きく息を吸って、それから、「だいぶ驚いてるかもしれねえ。大寿くんがオレのこと好きだと思ってなかった」と言った。
「ずっとだ。悪いか? だのに、オマエが結婚だのなんだの言うから。ぶん殴ってやりたかった」
「ずっと? ほんとに? ああ、ごめん。試すようなことばかり言ってたよな。だって、そうだとは思ってなかったんだ。大寿、なあ、オレも好きだって言ったらもっと怒る?」
「ああ、もっとな」
それで二人はキスをした。あの、映画の男女みたいに。
あとがき
ジュラシック・ワールド1作目 2015~ 27歳↑くらいのイメージです