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He would be my salvation

​​(かずど あらすじ メンタルヘルスめちゃめちゃ瑠璃川くんの片思い駆け足クソ雑ダイジェスト)


 僕にできることはなんだろうと、ずっと考えていた。

 自己紹介のプリントの、将来の夢、という欄に書くことが見つからなくて空欄にして学校の先生に叱られる子供だった。やりたいことはないの、と言われて、悩んで出たのが「人の役に立ちたい」という曖昧な答えだった。
 それに対する具体的な答えが見つからないまま大人になって、目的もないままブラックな会社で馬車馬のように働いて、しんどくて死にたいけど死ぬほどでもないスレスレのラインでクラゲのように揺蕩って生きていた。
 同じ営業部の観音坂独歩は、死にそうという意味では僕よりもひどいありさまだった。
 僕よりも上司に押し付けられる仕事は多かったし、僕よりも残業時間は長くて、僕よりも目の下の隈が濃い。他の社員には不気味がられる独り言の多さも、異様な腰の低さも、なんとなく「こちら側」の人間ぽく見えた。
 僕と彼のデスクは遠かった。けれど彼がおなじオフィスに居るというだけで、なんだか少し安心できた。同類がいると思えたからだ。

 そうして彼を眺めるばかりの日々が続いたある日、会社の噂で観音坂独歩がディビジョンバトルに出ると聞いて、僕は慌ててラップバトル関連の動画やニュース記事をインターネットで探した。
 ディビジョンバトルの予選に出るには、チーム曲一曲とソロ三曲のデモテープの提出が必須だ。中央区が公開しているデモテープ音源にたどり着いた僕は、"DOPPO"と書かれた項目を再生して、そして静かに泣いた。
 僕らは、ただ幸福に生きたいだけなのに、なぜこんなにも苦しいのだろう。
 答えは出なかった。彼は知っているんだろうか、とそればかりかんがえた。

・・・

「観音坂くんは、どうしてディビジョンラップバトルに出ようなんて思ったの?」
 僕は連れだって夜道を歩きながら、観音坂くんに聞いた。彼と知り合って、いちばん聞きたかったことだった。彼はしばらく黙って、そして次にブツブツと聞き取りづらい独り言を言ってから、「世界をよくしたくて」と言った。
「いいな。僕には出来ないよ、そんなこと」
「違う方法だってあると、思うけどね」
「でもスカッっとするだろうね。中王区が用意した予算を、みんなのために使えたら……」
 確かにね、と観音坂くんは酒に酔っ払ってふわふわした声でぼくに返した。立派だな、と僕は思って、同時に僕が彼に置いていかれてしまったような気持ちになった。
「僕も、そういうことが出来たらな」
「一葉くんだって、俺なんかよりずっと賢くて優秀なんだし。いくらでもできることはあると思う、けど」
「そうかなあ」
 そうかなあ、ととぼけつつ、僕には「ある」ことが分かっていたし、それがいわゆる犯罪だということも知っていた。観音坂くんはこれを打ち明けたら怒るだろうか、怒るだろうと思ったので、僕は黙って夜の精神の薬をペットボトルの水で飲み干した。
「一葉くん、ソラナックス飲んでるの」
「まあね。お酒と飲み合わせ悪いけど……。飲まないとやってられないだろ」
 その夜はブラックホールにシンジュクが飲み込まれて、消えてしまう夢を見た。
 
 ・・・

 家に帰ってテレビをつけると、独歩が予選の対戦に勝ったところが中継されていた。ぼくはバッグのなかから貴金属を取り出して、おおきなため息をつく。
「死にたいなあ」
 声に出したらそういう気分になって、僕は床に横になった。ベッドまでいく元気はなかった。しばらく虚空を見つめているうちにすっかり僕は床と同化してしまって、動けなくなった。
「……死にたいなあ」
 でもそういうくせ、自殺はどうにも怖かった。自傷行為なんかしたこともない。もし、壊れるならひとりでじゃなくて、どうせならこんなクソッタレな世界をめちゃくちゃにする怪獣になって、大暴れしたいなあと思う。
 独歩の試合の裏で強盗を働くのが正しいこととは言えないし、たとえそれで得たものを海外の男性人権団体に寄付していたとしても明らかな犯罪だ。いつか捕まるから海外に逃げよう、と仲間は僕に言う。
 逃げれば、僕らはきっと助かるだろう。日本は今や国連から見放されているし、逃亡してしまえば保護してもらえる宛てもあった。
 でも、独歩にどう思われるか、犯罪者としてテレビに出る僕を見る彼のことが気になって、泣きたい気持ちになった。彼がもし僕に気づいて、止めてくれたらと夢想した。
 嫌われて仕方ないことをしているから、きっと罵詈雑言を浴びせられるだろう。そういうことをしてほしいんじゃないって。もし、その果てに僕を殺してくれたらどんなにいいだろうか。そもそも生きていくのがつらいんだし、どうせどこかで死ぬなら絶対彼のラップに殺されたかった。
 そうして現実から逃避して床と溶け合っていると、携帯に明日逃亡用のフェリーがあの港にくると仲間から連絡がきた。僕が同意しなくてもやるつもりだったようだ。ため息が出る。
「僕のことなんかどうでもいいんじゃないか……」
 返信をしようとして、連絡先をぼうっと見ていた。指が無意識に観音坂独歩のところを押した。
 嫌な世界だ、とつくづく思う。でもそんな世界で彼がいてくれたことは何にも勝る幸福だった。床に落っこちた携帯音楽機器に刺さったイヤホンから彼のソロ曲が漏れ出ていた。

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