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​結実せずして散る花よ

(ひふ→ど、モブど 一二三の後輩と独歩が付き合うことになった話)

 

「線引きの話だ、一二三」
 ダイニングテーブルに手を乗せた独歩は、一二三に言い聞かせるようにして話した。普段はしあわせな食卓であるはずのそこは、冷えきっていてなにもない。食事が乗っていないだけでずいぶんと殺風景なものだな、と一二三は感じた。
 独歩は椅子に座っていて、それを立った自分が見下ろしている、というのもテレビドラマで見た取調室の光景になんとなしに似ていたのもあったかもしれない。
「俺はお前と同居しているし、俺にお前以上によくしてくれる相手もいないが、お前はあくまでも友人だ」
「俺は、でも」
「お前がそうじゃなかった、っていうのは分かったよ。でも、俺にとってはそうなんだ」
「だからって、俺っちの後輩と付き合わなくなっていいだろ。それも、俺の知らないところで」
 一二三はいささか乱暴な口調になりながら、自白を強要する警察官のように独歩を問い詰めた。独歩は困った顔をして、「ごめん」と言う。さっきからそればっかりだ。
「黙っててすまん。でも、彼はとてもいい人だし、こんな俺のことを好きだって言ってくれる」
「そんなん俺だって言える」
「違うんだ一二三」
「違くない」
 そんな事で好きになってくれるならいくらでも言うのに。一二三の口からでたのは、自分も思ったよりも泣きそうな声だった。夜の空に消えてなくなってしまいそうな声色で、また一二三は繰り返す。
「違くないよ」
 だが、独歩は非情にも首を振って、またノーと答えた。
「あの人と一二三は違う」
「違うもんか。だって、あいつ、俺っちの真似ばっかしてる、二番煎じみたいなやつだぜ」
 ついきつい悪口が口をついて出た。一二三は独歩が付き合っているという相手が、自分の真似をしてナンバーツーに登り詰めた後輩だと知っていた。そいつはどうやったって一二三以上にはなれないが、そこそこは売れていた、カブキ町にたくさんいる〝ヒフミくずれ〟の一人だった。
 独歩は困ったように眉をハの字にして、一二三の乱暴な言葉を受けた。その、くたびれた野良犬のような表情は、なんだか一二三がが悪いことをしている気分になってずるく思えた。実際悪いことをしているのだから仕方が無いのかもしれない。
「一二三、俺はあの人がお前に似ているから好きになったわけではないんだ。料理も上手じゃないし、きれい好きでもない。お前よりはきっと怒りっぽいだろうし、喧嘩もきっとするだろう」
「なら、俺の方がいいじゃん」
 さびついたアンティーク車を見たアメリカ人が、新車の方がいいじゃないかと語る洋画のような、そんな雰囲気で一二三は言った。
 俺の方が優れていると、そんな男なんかより俺にしてよと言わんばかりだった。独歩はそれを察してか、「だから言ってるだろ。一二三と似ているからじゃないって」と一二三の主張には取り合わなかった。
「俺は別にお前と恋人になりたくて、あの人と付き合ったわけじゃない。あの人の恋人になりたくて、なったんだ」
「意味わかんねえ。なんで俺じゃないの。なんでよりによってあいつなの」
「なんでだろうな。一二三をホストクラブに迎えに行くと、いつも挨拶してくれたからかな」
「そんなのホストならみんな出来るし」
「お互い好きな作家が同じで」
「話合わせてるだけっしょ」
「告白されて、一生懸命好きだって言ってくれてさ」
「好きだって俺っちもこんなに一生懸命言ってる!」
 ばん、とテーブルを叩いて、一二三はやり場のない怒りをどこかにやろうとした。だがどこへも行かれないそれは、ただ食卓の足をぎしつかせただけで終わった。
「何がだめなの?」
 未練がましく、一二三は聞いた。
「一二三にダメなとこなんかない」
「なら」
「一二三だからダメなんだ」
 分かってくれよ、と独歩は懇願した。一二三はもう訳がわからなくて、ただただ独歩が自分ではない第三者に取られてしまったという事実が胸をじわじわと痛いくらいに蝕んだ。どこかに行っちゃやだよ、とまだ小さなころの一二三が、胸の内で独歩を探して泣いた。
「独歩、俺っちを一人にしないって言ったよな」
 胸の痛みに耐えかね、切ってはならない呪いのカードを切った一二三は、じとりと独歩を睨み付けた。ただ、大事な独歩を、どこへもやりたくないという身勝手な我儘がそうさせた。
「別に、いなくなったりするわけじゃない」
「でもデートしたりするんでしょ。そのあいだ俺をひとりぼっちにするの」
「なんでそんな言い方をするんだよ」
「こっちは、いまから独歩をめちゃくちゃに犯して写真撮って、あいつに送ったっていいんだ」
「一二三」
 しゃれにならん冗談はよせ、と独歩はたしなめる。一二三は冗談でなく心の底から本気だったが、独歩はそうとは思わないらしかった。怒ったり、おびえたりしてくれた方がまだましだ、と一二三は思う。一二三にそんな事ができるはずがない、と軽く見ている独歩が気に食わなかった。
 一二三はやさしい男などではない。ホストが慈善事業というならそれはやさしいと言えるだろうが、商売である以上はやさしさだけでは生きられない。そんなことを今更議論するはずもないのに、独歩は一二三の逆鱗に触れるだけ触れて、怒らないだろうと高をくくっているように見えた。
「嘘だよ。そんなこと俺が独歩にするわけないじゃん」
 だのに、一二三は激高した男のように暴力も振るえず、物わかりの悪い女のように泣けもせず、「わがまま言ってごめんね。忘れていーよ」とだけ謝って逃げるようにダイニングを出た。
 自分の部屋に飛び込んだ一二三は、スーツがしわになるのも気にせずベッドに転がって白いばかりの天井を見た。独歩はこのことを、恋人のあいつに言うだろうか。言って、慰めてもらったりするのかな。腕の中で男に抱きしめられる独歩のことを思い浮かべて、一二三は涙も出ず、ただとつぜん大怪獣かなにかが現れて現実をめちゃくちゃにしてくれないだろうかというやり場のない気持ちを抱えて顔を押さえた。

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