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​ウェア・ツー・カラーズ

​​(しょくへし げんぱろ)

ウェア・ツー・カラーズ あらすじ
  独眼竜の光忠と恐れられる、私立伊達工業高校の長船光忠は、二年生のトップヤンキーとして悪いことには取り合えず手をだしてみるというような生活を送っていた。
 しかし、秋のある日、桶狭間公園で一人の高校生に出会う。進学校黒田高校の長谷部国重。ヤンキーでもないのに、チンピラどもをすっかりのしてしまい、トップの光忠のことさえも恐れることない毅然とした態度をとった長谷部のことが気になってしかたがない光忠は、長谷部と仲良くなりたいがために、あることを決意する。
 それは、変装をし、黒田高校三年生燭台切光忠として彼に近づくことだった!
 ヤンキーと優等生の織りなすどこか古くさいテンプレ現代ギャグコメディ、ここに開幕!

  ※頭を使わずよむ本です!

 

春のある日 どこかの高架下

 僕の名前は長船光忠。私立伊達工業高校二年。いたって普通の――――
「だらっしゃあ!! 死ね、独眼竜ッ!!! っらあ!」
 バキッ、っと音がしたのは僕の頬ではなく、僕にとびかかってきた馬鹿なチンピラの横っ腹だった。僕の回し蹴りを受け、「うおッ!」っという声をあげて横飛びに吹っ飛んでいく屑以下のヤンキー崩れなんかどうでもよくて、僕は最近パチ屋で勝った三万円で買った革靴の具合のほうが気になった。
「あーあ、これ高いんだよ。傷になったらどうするの」
「るっせ、ガハッ……。スカシやがって! お前みてえなのが伊達高校(ダテコー)二年の頭(アタマ)なのが、俺は気に入らねえんだ、あ、ぐあああッ!!」
 またこりもせずキンキン叫んでこぶしを握り立ち上がる彼を横殴りにし、その頭を踏んづけてぐりぐりとリノリウムの床に押し付けると、これは応えたのか泡を吹いて静かになった。
「僕もさ、君みたいなツンツンでワックス臭い頭のおバカさんが二年のアタマ張れるなんて、思わないけどなァ。ほらオーディエンス、見てないでさっさと片づけちゃって」
 すっかり動かなくなった彼が、悲鳴をあげる舎弟たちに運ばれて行くのを見届けて、僕はパンパンと長ランのすそや、黒手袋についたゴミを払った。
「今日も絶好調だなあ、光坊!」
「もう、鶴さん……。見てたならそう言ってよ」
 タイマンが終わり、観衆が「流石独眼竜」とか「やっぱ今年のトップもアイツだな」とかなんやかんやいいながら去っていく中、ひょこっと現れたのは、いまどき珍しい白ラン姿の学生だった。
 三年の鶴丸国永先輩。何ダブしたのか、よくは知らないが成人しているという噂だけは聞いている。僕が入学してから、何かと構ってくる兄貴分みたいな存在だ。面白いことが大好きで、十校を傘下に持つ千葉のヤンキー校、水戸中の頭(アタマ)を張っていた僕に興味を示したんだろう。
「ははは、まだ春だからか、二年はやんちゃな坊主が多いなあ。下剋上狙って、湧くわ湧くわ。さては光坊、あんまり同学年や一年坊主たち、積極的にシメてないだろ」
「小物だからほっといてるの。僕、別に実休兄さんみたいに関東制覇! とか狙ってないし。面倒でしょ」
「そうかそうか。君のうちは筋金入りのヤンキー一家だから、君もてっきりそうすると思ってたんだが」
「僕は僕、家族は家族。いまどき特攻服とかダサいでしょ。僕それが恥ずかしくって、千葉からこっちきたんだから」
 ――――僕は、いたって普通の高校生ではない。僕が通っている私立伊達工業高校というのは、都内でも有名なヤンキー高校。頭悪いクズばっかの底辺。なんでそんなところに通ってるかって? そりゃあ、僕の家が『そういう』家系だからだ。
 僕の母も、父も、元レディースで元ヤンキー。兄の長船実休は今は成人しているけれど、かつては関東最強のヤンキーとして名を馳せた傑物で。そんなだから僕に期待がかかるのも当たり前だ。まあ当の僕だって、不良以外の生き方を知らないし、まあいいかな、くらいのノリでここまで来てしまった。
 ただ、親のダッサイヤンキーファッションがいやで、僕はひとりぐらしをするために県外の高校、ここ(伊達工)に来たわけだ。親に持たされた「悪沙不音(おさふね)参上!」と書かれた特攻服(ダサさの極みだ!)は、クローゼットの奥にしまってある。
 伊達工は噂通り荒れた高校で、落書きだらけ、授業をフケるのは当たり前。喧嘩沙汰も当たり前。教師たちにはもはや覇気なく、学生たちの独裁状態だ。真面目な学生なんか、一人だっていやしない。そんな高校に入って、僕がまずしたのは、上下の関係をしっかりつけることだ。
 実休の弟となれば、どこに行ったって目をつけられるのは当たり前。だから、歩いているだけで喧嘩を売られるし、僕もそれを拒まなかった。そうしてチンピラたちを伸してる間に、僕はとうとう一年の頭になっていた。ついたあだ名が「独眼竜の光忠」。僕は昔から片目だけが光に弱くてね。それで眼帯をつけてるんだけど、それが伊達政宗公みたいだーなんて言われちゃって。
 そして二年になってもそれはかわらない。ときどき下剋上を狙ってくる子とか、まだ身のほどを知らない一年生とかがちょっかいかけてくるけど、それももうじき沈静化するだろう。
 なにかと構ってくる鶴さんに加えて、同じクラスの貞ちゃんや、一匹オオカミ気取った伽羅ちゃんというつるむ相手もいるし、伊達工での生活もそう悪くはないからいいんだけどね。女の子と遊んで、授業に出たいときには出て、あとはまあ屋上とかでのんびり。普通なんかじゃなくたって、存外悪くないだろう?
「さて、鶴さん。見世物も終わったことだし。僕はパチンコかジャン荘でも行こうかな。お姉さんたちのとこでもいいけど」
「君、未成年のくせに、よくバレないなあ」
「なにいってるの。僕だよ?」
「ま、それもそうか。この、色男」
 僕は、まあ、この生活を気に入っている。今のところはね。

 

 

 

 

 


昨日 桶狭間公園付近 PM5:00

 ところで、誰がこんな立地を提案したかは知らないけれど、僕らの学校のはす向かいには「市立黒田高校」という学校が存在する。いわゆる進学校で、がり勉のシャバい子ばかりが通ってるところ。
 いわゆる、「普通」の高校だ。僕らみたいなのとはまた別世界の存在。彼らは僕らのことを忌避しているし、僕らも彼らのことは「シャバ僧、もやしっこ」くらいにしか思っていない。
 まあ、僕らのなかでも底辺も底辺くらいになると、黒田の子たちをカツアゲしたりとか、パシリにしたりとかするみたいだけど、そんな頻繁に起こることでもない――――
「ねえっ、ねえ、ヤバくない? ホントで連れていかれちゃったよ、センパイ!」
「でも相手は伊達工だよ? いまどきそんな面倒なことに突っ込むなんて、ブシセンでもあるまいし……」
「ケーサツ、ケーサツ呼ぼ?」
 ――――というわけじゃないみたいなんだよね。路地をみながら、黒田の女子生徒たちが騒いでいる。
「ねえ、君たち」
「アッ、伊達工! あんたたちの仲間がね、センパイ連れてっちゃったの。なんとかしなさいよ!」
「バカ、茶々ちゃん。いくら先輩が危ないからって伊達工の人としゃべっちゃダメじゃん」
「とりあえず警察よばないと……」
 かしましく喋る女子生徒トリオに声をかけると、気の強そうなポニーテールの子が突っかかってきた。それを眼鏡のショートカットの子が宥めている。確かに、僕みたいな伊達工の生徒にきつい物言いをするなんて、常識的ではないかもしれない。僕はスマホで110番しようとしているおとなしそうな子のスマホをひょいと取った。
「あっ」
「ごめんね、僕がなんとかするから、君たちは少し静かにしてくれないかな。警察には、内緒」
 しー、と指を立てる仕草をすると、女の子たちはすっと黙った。僕の見た目はかなり使える。伊達工の長ランで、『いかにも』な恰好をしていても、優しく話しかけてあげれば、シャバい子たちも大概の場合僕の話を聞いてくれるんだ。
「内緒って……。伊達工の奴が、ノウちゃんに絡むから、あたしかっとなって……。でもあいつら、女でも容赦しねえっつって、あたしたちを殴ろうとしたんだ」
「そ、そしたら丁度部活帰りの先輩が、間に入って……。わたしがとろいから、警察呼ぶまえにヤンキーたちとどっかいっちゃって」
「茶々ちゃんもヨドも伊達工のやつ信用しすぎ。早くスマホ返して。警察よぶから。アンタ、さっきのより優しそうだから言うこと聞いてよ」
「ごめんね。スマホは返すよ。でも、電話したりはしないでね。伊達工の問題は僕の問題でもあるんだ。だから、僕がその、センパイ? のことはなんとかするから、どこ行ったか教えてくれる?」
 内心、なんで僕がクズ中のクズの尻ぬぐいをしなきゃいけないんだか、とけだるい気持ちになりながら、事情を聞く。二年の頭(アタマ)である僕は、末端神経の末端みたいなバカ生徒たちの監視も仕事だ。組織体系がきちんと統括されていないと、他の学校から舐められるからね。
 話を聞くところによると、その先輩は三人を守って馬鹿どもにつれていかれてしまったらしい。黒田のシャバいのにも、肝の据わった子がいるんだな。と僕はそんなことを思った。可哀想に、そんな蛮勇は伊達工には通用しない。きっとリンチになっているだろう。なんとか後処理をしなくっちゃと僕は、三人の言う桶狭間公園へと向かった。
 桶狭間公園。あそこは広くて、喧嘩をするには絶好の場所だ。もちろん、カツアゲやリンチも。
 僕はお世話するのは好きだけど、こういう後始末とかは好きじゃないんだけどな。バカのお仕置き、被害者の口止めとメンタルケア。頭の僕がこんな地味な仕事してるだなんて、泣けるだろ?

・・・

 しかし僕が来た時には、すべてがもう終わっていた。それも、予想外の方向で。
 真ん中には、トン、トン、とリズムをとって跳ねているブレザーの男子生徒が一人。そして、周囲には、二人のチンピラがうつぶせやあおむけになって倒れ、うめき声をあげている。
「ば、ばけものかよ……」
「あんなん黒田にいるって聞いてねえぞ、おい、山名!」
「そ、そんなん言われても、俺しらねーっスよ……。あ、長船サン! 長船サンじゃないスか!」
「長船サン!? おい、お前、長船サンは二年の頭(アタマ)なんだぞ。テメエなんかボコボコに……ギャッ! 長船サン!?」
 まさか、黒田の子にやられるなんてね。僕はさわがしいチンピラの頭にげんこつを落として、どうしたものかと頭をかいた。残った伊達工の面汚しは、僕がどうこうすることを期待しているみたいだけど、まさか伊達工の二年トップが黒田のシャバい子相手にタイマン張るわけにもいかない。そんなダサい事、できるわけがない。
「あー、君。黒田生だよね? ぼくんとこの雑魚が、ずいぶんお世話になったみたいで……。ごめんね?」
「……」
 ふうふうと息を吐いていた彼は、もうなにもする必要がないと悟ったのか、ファイティングポーズをとるのをやめて、こちらに近づいてきた。
「なんだ、チンピラを倒したかとおもったら、優男の登場か? 交渉役ってわけか」
 僕よりすこし背の低い、明るい髪の色をした彼(黒田なのに、染めてるんだろうか? それにしては痛んでいる様子が無い)は、むらさきの瞳でぎろりと僕をねめつけた。この子、シャバいくせに、態度がずいぶんふてぶてしいな。
「ちっげえよ! 長船サンは二年で一番つえー、アタマなんだ。交渉なんかしようってなら、お前なんか秒でボコボコだ!」
「ふうん。知らん」
「んだとゴラァ! 伊達工舐めてんな!?」
「はいはい血の気の強い子はおとなしくして。ここは穏便に、ね」
「う、うす」
 僕がやってきたことで虎の威を借りる狐になっている雑魚チンピラに、『余計なことをするな』という圧を込めた視線をおくると、しゅんと静かになった。僕に逆らえる生徒なんか、ほとんどいないから当たり前だ。
「それで、君は僕ら伊達工の生徒を四人も伸しちゃったわけだけど。名前は?」
「ふん。名乗る必要あるか? 名前覚えて、嫌がらせしようってんだろう。だがな、正当防衛だ。このアホどもが、俺の後輩にちょっかいかけたのを止めたら『リンチしてやる』って。警察に通報しても、裁判沙汰になっても、俺の勝ちだ」
「いやいや違うよ。単に記念。黒田にも結構、筋のイイコいるじゃん。って」
「なおさら教えるものか。長船? だったか。トップなら、こういうやつらの始末をきちんとつけろ。恥ずかしくないのか? もう高校生なのに、遊びで弱いものいじめなんかやって。ヤンキーはヤンキーと喧嘩してろ」
 彼、長谷部くん――――名前は名乗らないけれど、名札がしっかりついている優等生のおまぬけさん――――は、しゃんと背を伸ばして、紫の目(きっとハーフか何かだろう。黒田みたいな進学校はカラコン禁止なはず)で僕をしっかり見て、ずけずけと物を言った。
「ねえ、長谷部くん」
「な、なんで名前っ!」
「だって、名札」
「あっ、くそっ。なんで」
 指摘されて初めて気が付いたのか、あわあわと名札を外そうとするのが面白い。尊大な態度が打って変わって、コミカルなものになる。
「はーせーべーくん」
「忘れろ」
「やだよ。……なんでそんなに強いの?」
「中学まで、実戦空手やってた。それだけだ」
「ふうん」
 長谷部くんはぷいとそっぽを向く。それはさっきまで不良たちをなぎ倒していた子のようには思えないかわいらしい仕草だった。
 仲良くなりたいな、とシャバい子相手に思ってしまい、らしくないと僕は頬をかいた。
「僕は長船光忠。また会えたら、よろしくね」
「伊達工のヤツとなんか、仲良くするものか」
 長谷部くんは、差し出した僕の手をはねのけて、地面に置いてあった学校指定のサブバックを拾い上げる。
「じゃあな、一生会うことはないだろう」
 そして、僕を振り返ることなく、すたすたと行ってしまった。
 残された僕らは、それをぼうっと見送った。彼がいなくなるなり、「ナマイキなヤツッスね。長船サン、いっちょ伸しますか」とゴミどもがいったけれど、僕はそんな気にもなれず、そいつらを蹴り飛ばしてその場を後にした。
「長谷部くん、かあ」

 

 

 

今日 昼休憩 伊達工屋上

「はあ~~~~~」
 その日のみっちゃんというのは、ずっとため息ばかりついていた。
 たまり場の第一校舎屋上に、なんとなしにあつまったいつものメンバーで、昼ご飯の焼きそばパンをかじって、だらだらとしゃべっている間も、みっちゃんだけはずっと浮かない顔をしていた。
「どうしたんだよ、みっちゃん。朝からずっと元気ないぜ」
「ああ……。貞ちゃん」
「貞、ほっとけ。ろくなことがない」
「ひどいよからちゃあん」
 みっちゃんは、あぐらかいてイチゴ牛乳をすすっている加羅ちゃんの腰にすがりついた。加羅ちゃんは、迷惑そうにそれを押しのける。行き場をなくした みっちゃんは俺に抱きつく。
「貞ちゃんなら話聞いてくれるでしょお~~~~」
「はいはいみっちゃん、カッコ悪いぜ」
 ぐりぐりとおなかに頭を擦り付けるみっちゃんを、俺は背中をなでてなだめた。
 これが伊達工二年のトップと言われる男とは到底思えないのだけど、事実みっちゃんはべらぼうに強い。俺も、加羅ちゃんも単純な力くらべではかなわないだろう。ダチだからタイマンを張ったことはないけれど。
 そして、格好を気にする彼がこうして情けない姿を(ダチの俺たちの前でも)さらすのは珍しい。相当なにか悩んでいる様子だ。
「いやね~~。僕さあ、ちょっと気になる子っていうか、友達になりたいな~って子がいるんだけど……」
「え? パシリがほしい?」
「違う!」
「ヤリ目か。最低だな」
「女の子じゃありません! っていうか加羅ちゃん、僕そんなヤリチンじゃないからね! あれは合コンで知り合った女の子が一晩だけでもって言うから、僕が紳士的にエスコートしてるだけで」
「…………」
「みっちゃんってやっぱそういうトコ不良校のアタマって感じ」
 加羅ちゃんが冷ややかな視線を送る。まあ、加羅ちゃんはどっちかっていうと今風じゃなくて、ステレオタイプの不良っていうか、なんていうか。女っ気のない不良なんだよね。
 女の子タラシまくってホストみたいなんて言われてるみっちゃんとは真逆のタイプ。でも、正反対だからこそ、付き合いやすいっていうのはあるみたいだ。
「光忠が男か。珍しいな」
「加羅ちゃん今更!?」
「みっちゃん、女の子に飽きちゃった?」
「違います~!」
 からかうと、ぷんぷんと怒ってコンクリの地面をたたいた。割れそう……、と思ってしまう。みっちゃんは馬鹿力だから。
「あのね、昨日うちの馬鹿が黒田生に手を出してたからシメようと思ってたんだけど、もう先に長谷部くんが伸しちゃってて。あ、その長谷部くんっていうのが今気になってるコなんだけど」
 みっちゃんは誰も聞いていやしないのに、べらべらと話をはじめた。加羅ちゃんは興味なさげに、みっちゃんのクリームパンをくすねて食べ始める。
 キンコンカンコーンと、五限開始のチャイムが鳴った。もちろんサボりだ。

 ・・・

 

「――それで、僕はなんとかして彼とお近づきになりたいわけ」
 長々とした話(それはくだんの『長谷部クン』がハーフっぽいだとか、紫の目がきれいだとかなんかそんなん)を終えて、みっちゃんは真剣な面持ちで俺たちを見つめた。でも加羅ちゃんは寝ていたから、相談に乗れるのは俺だけだった。ひどいぞ、加羅ちゃん!
「でも、その長谷部クン? はさあ、ダテコーとは仲良くしないっていってるわけだろ? 無理じゃん。ふつー」
「そこなんだよねえ。やっぱ黒田生になるしか……」
「なるって……。どんだけだよみっちゃん」
「だって、すごく気が合いそうだったんだ。シャバいコで気が合いそうな子なんて、今までいなかったし、どーしても!」
 仲良くなりたいんだ! と宣言するみっちゃんは、そうと決めたら頑として誰の言うことも聞かない面倒な性格をさらけ出していて、ああ、本気なんだな、と同中(おなちゅう)で結構ながい付き合いの俺は察した。
「じゃあ、もう変装するっきゃなくないか?」
 そこで、突然貯水機の上から、声が降ってきた。はっと上を見れば、真っ白の頭がこちらを見下ろしていた。
「鶴さん」
「よ、光坊」
 そう言うと、鶴さんは手を上げてひょいと貯水機の上から飛び降りてきた。結構高さがあるのに、相変わらず身軽だなあと思う。
「いたなら言えよな、鶴さん」
「ああ貞坊、悪い、朝からずっと昼寝してたからな。後から来たのはきみらだ。うとうとしてたから途中からしか聞いてないんだが」
「ま~た朝からフケてるの? 鶴さんってば、また卒業できなくなっても知らないよ。僕、鶴さんと同じ学年になるのイヤなんだけど」
 ケラケラ笑う、目にまぶしい全身白ラン姿の先輩は、寝ている加羅ちゃんの頭をぐりぐりと乱暴になでた。
「……なんだ、鶴丸か。起こすな、寝かせろ」
「つれないじゃないか、加羅坊~。いまからこの俺が、スーパー賢いアイデアを披露するってとこなんだ。ま、聞いてくれよ」
 鶴さんは、イヤそうな顔をする加羅ちゃんの頭を木魚みたいにぽんとたたいて、その場にあぐらをかくと話し始めた。
 曰く、相手が伊達工生と仲良くしないといっているのならば、黒田生のフリをして近づけばいい。制服屋で一式制服そろえて、学生証を偽造してシャバい格好をすれば、近づけるだろうということだった。
「いやそれ無理じゃね!?」
 顔は割れてるんだし、シャバいカッコしたってみっちゃんはみっちゃんだ。相手の『長谷部クン』が顔覚えのいいほうだったら、すぐわかってしまうだろう。
「無理だろ。バレるに決まってる」
 加羅ちゃんも、鶴さんをにらむ。うんうん、俺もそう思うぜ、加羅ちゃん。
 しかし、当のみっちゃんは、もんぷちを目の前にした猫みたいに、きらきらと目を輝かせて、
「鶴さん、それ名案だよ!」
 と言った。みっちゃんって、頭いーのにときどきすっごく馬鹿になるから、大変だ。
「だろう! 亀の甲より年の功ってな! 俺はこういうのは得意なんだ。任せろ光坊!」
「ありがとう鶴さん、お願いするよ!」
「だーーーーっ! ちょっ、待てってみっちゃん! 鶴さんもぜってー遊んでるだろ! おい!」
 みっちゃんは、善は急げと、俺が止めるのも聞かず、鶴さんと連れだってどこかにいってしまった。
「……みっちゃん、ぜってー遊ばれてるだろ」
「俺は関係ない。貞もあんなやつらほっとけ」
「加羅ちゃんさあ、冷たくね? みっちゃん一応伊達工のトップなんだから、コレ二年のメンツにも関わる問題なんだけどよ」
「俺には馬鹿どもの競争とか、メンツとかどうでもいい」
 俺の心配をよそに、加羅ちゃんは新しいパンの袋を開けて、口に放り込んだ。

 

・・・

 

それから少し時間がたって 桶狭間公園前 ファミレス『ウツケボーイ』

 「いいじゃないか、光坊!」ファミレスで、ナポリタンスパゲティをくるくると巻きながら、鶴丸さんは言った。
「シャバい小僧みたいだ」
 続けて、大きな口でぱくんとフォークごとスパゲティの玉を頬張る。よくもまあそんな全身真っ白の格好で、ケチャップたっぷりのメニューを頼むものだ、と僕はあきれてしまう。
「でもこれ、すっごく恥ずかしいよ。髪もぜんぜんキマってないし、ブレザーってなんかダサい」
 僕は周りの目を気にしながら、窓に映る今の自分の姿を見た。黒田高校は、校則が厳しい。ピアスもだめ、眼帯は医療用にしろ、腕時計は高価でないものを、ネクタイはきっちり上まで閉める。など、鶴丸さんに指導され、僕はどこからどうみても『フツー』の高校生になっていた。むしろ地味というか、ダサい。なんといっても、ワックス禁止なのが最悪! 髪型が命だと思っている僕にとっては、こんなぺしゃんこの髪なんて最低も最低、できれば誰にも見られたくない姿だ。これが『フツー』だなんて、進学校は恐ろしい。
「まあまあ、それがシャバい高校のスタイルってもんだぜ」
 気落ちしっぱなしの僕を、鶴丸さんは励ます。半笑いなのが憎らしい。
「高校のスタイルって……。ダサすぎ! 無理だよこんな姿で長谷部くんの前に出たくない~~~~~!」
「だだこねるなって。イケてるぜ、黒田高校三年二組、燭台切光忠くん」
「ほらさ~、も~、燭台切ってだめじゃない? 中二ネームじゃん」
「文句ばっか言うなよ。君のニックネームにもなっている独眼竜・伊達政宗の所持していたという光忠が一振りから頂戴した、由緒ある名前なんだぜ」
「由緒とかなんだか知らないけど、『やあ、僕は燭台切光忠』って声かけるのはずかしいよ」
「独眼竜の光忠よかマシだろ」
「そーかなあ」
 僕は、目の前のシーフードドリアをすくって食べる。サフランが効いていて、とてもおいしい。家でも作れるかな、なんて現実逃避に考える。
「まあ、コレでもう黒田生のフリをして長谷部クンに会えるわけだ」
「こんなみっともない姿じゃ会えないよ……」
 めそめそとしている僕を、鶴さんは面白そうに見ている。「だから、そのみっともない姿が『普通の高校生』なんだよ」
 僕は、首を締め付けるネクタイを緩めながら、ぼやく。
「『普通の高校生』って、なんかキュークツ」
   でも、これも長谷部くんと仲良くなるためなんだよね。頭の中の「カッコよくない!」と叫ぶ天使を握りつぶして、僕はシーフードドリアを掻き込んだ。

 

・・・

 

昼休憩 黒田高校 二年一組教室

「なんだ、じゃあ、お前さんがチンピラ伸してたら、リーダー格がやってきて名前聞かれたって? やべえじゃねえか」前の席の粟田口薬研が、心配そうに訪ねてきた。
「そうでもないぞ。ヤンキーというか、ホストみたいな見た目のうさんくさい優男だった。暗くて顔はよくわからんかったが」
 俺は弁当のからあげをつつきながら、言う。
「優男にしたって、伊達工のヤツに目ェつけられたってことなんだから、旦那、もっと危機感持った方がいいぜ。そりゃ長谷部の旦那は普通にしては腕はいいが、向こうは勉強より喧嘩沙汰が仕事みてえな連中だ。帰りは誰かと一緒に帰った方がいい」
 びし、と箸をもった方のてで指をさされ、俺はうっと黙る。薬研の言い分が間違っていることはほとんどないということはよく知っている。
「誰か、って言ってもだな。放課後は部活があるし、同じ部活で帰る方向が一緒となると、そんなヤツはいない。そもそもわざわざ部活上がりまで俺を待ってくれるような友人がいないのはお前もわかっているだろう」
「あー、すまん。俺っちが一緒に帰ってやりゃいい話なんだが……」
「薬研は家のことがあるだろ」
 そう言うと、薬研はすまなそうな顔をして、頭をかいた。粟田口家は、長男の粟田口一期(社会人。忙しいらしく、俺はあまりあったことがない)を筆頭に、何人もの子供を抱える大家族。薬研は下の子の面倒を見るので忙しく、部活にも入っていないのだ。学校が終わるとすぐに家に直行する毎日を送っている。
「俺は俺でなんとかできる。伊達工のやつなんかほっとけばいい。はす向かいだからといって、びびることもないだろ。それより、だ。お前は俺より不動のことを気にしろ。最近付き合い悪いんだろ? 部活にも来てないって言うし。宗三から聞いたぞ」
「あ、ああ。俺もそれは気になってるんだが、なかなか……。関ヶ原高の連中とつるんでるとかなんとか聞いてるが。俺は部活入ってないし、そもそも学年が違うからな」
「こんど三人で相談してみるか」
 そこでキンコンカンコーンと昼休憩の終了を告げるチャイムが鳴った。俺は残った弁当を掻き込むと、「ごちそうさまでした」と手をあわせた。

・・・

 

放課後 黒田高校

「はしぇべ、また明日~」
「ああ、また明日」
 博多がいち早くランニングシャツから制服に着替えて、手を上げて部室を去った。俺も、急いでワイシャツを羽織り、ボタンを閉めてゆく。あまり遅い時間になる前に帰らないと、伊達工のやつらに出くわす確率があがるだろう。それはイヤだ。昨日なんやかんやと絡まれたばかりなのだから、またなにかあると迷惑だ。それに、薬研の推測が正しいなら、俺は伊達工のアホどもに名前を知られ目をつけられたことになる。チンピラやヤンキーと関わり合いになるのなんかごめんだ。ケンカ沙汰だって、昨日のは仕方なくやっただけであって、そんな何度もしたいものではない。
 ネクタイをきっちりしめ、荷物をサブバックにすべて詰め込むと、「お疲れ様でした」と言って、部室を出た。今日は鍵当番ではない。
 もう日はほとんど暮れていた。秋の夕暮れは短い。もうじき冬がやってくるだろうことを思わせる。俺は急ぎ足で校門を出て、伊達工を横目に通学路へと向かう。昨日の桶狭間公園のそばを通るルートだが、そんな何度も何度も同じ目にはあうはずもないだろうと高をくくって、俺は早足で通り抜ける。(そういうところがうかつなんですよ、と幼なじみの宗三に言われるのだが、ここが最短ルートなのだ。俺はリスクがあっても効率を取りたい)
「やめてよ!」
「いいじゃねえか。ほら」
 そこで、イヤな声が聞こえた。垣根から垣間見ると、伊達工生徒と黒田の生徒がもみあっているのが見えた。ああまたか、と思う。何なんだここは。警察が巡回してるんじゃないのか。桶狭間の戦いがそう何度も行われては困る。しかし、見過ごす訳にもいかない。俺はため息をついて桶狭間公園に飛び込んだ。

 ・・・          

 

  桶狭間公園
 
「おい、なにしてるんだ!」
 俺が叫ぶと、公園でもみ合っていたヤンキーと本校生徒の動きがぴたりと止まった。
「は、はせべくん!?」
 かわいそうにネクタイをひっつかまれていた方の生徒が、ばっとこちらを見た。名前を呼ばれたと言うことは知り合いだろうか? 医療用眼帯が目立つその顔には見覚えはない。見覚えはないが、うちの生徒で知り合いだというならなおのこと放ってはおけない。俺はぎろりと伊達工生徒をにらみつけ、じりじりと距離を縮めると、おい、と再び声をかける。
「そこの白髪頭。うちの生徒を放せ」
「し、しらが!? ……いや君、俺の頭はこれちゃんとブリーチしてるんだぜ」
「知ったことか。ダサい白ランなんか来て。指定のものを着ろ。あ、伊達工に指定なんかないんだっけか? とにかく、弱いものいじめはやめろ。でないと警察に通報する」
 ポケットから携帯を出して言うと、意外にもにも白髪頭はすっと黒田の生徒のネクタイから手を放した。わっと声を出して、地味なうちの生徒はしりもちをつく。
「いや、これは誤解なんだがな、長谷部クン」
「名前を呼ぶな馬鹿者!」
「はせべくん……」
「大丈夫か、怪我はないか」
「う、うん」
「何が誤解かは知らないが、いいからとっとと失せろ。黒田の生徒はお前らのサンドバッグでもパシリでもない」
「あー、ああ……こいつは驚きだ……。うん、まあ、そうさせてもらおうかなあ! 邪魔者みたいだし、あとは健闘を祈るってことで?」
「いいから帰れ! ヤンキーはヤンキーとつるんでろ」
「はいはいっと。じゃあな、光坊! 長谷部クン!」
 白ランを着た白髪野郎は、高下駄をカンカンと鳴らして去って行った。今時下駄なんて馬鹿なのだろうか。昨日のホスト長ラン野郎といい、伊達工の奴らのファッションセンスは理解不能だ。
「大丈夫か?」
「う、うん」
 座り込んでぼうっとしている生徒に、しゃがんで目を合わせると、そいつは照れくさげに顔をそらした。
「赤いネクタイ……。三年か。 ああ。すいません、先輩に。カツアゲにあってたんですか? 伊達工の連中はバカでイヤですね」
「ば、バカ……。あ、あっと。敬語じゃなくていいよ。僕は、お……、しょ、燭台切光忠。三年だけど、ため口を使われるのは苦手なんだよね」
 そう言って燭台切光忠という三年生は、立ち上がると尻についた土埃をぱんぱんと払う。
俺より大分背の高い彼は、片目が医療用眼帯で隠れており、頭髪検査で引っかかりそうなはねっけのある眺めの髪をしていた。ガタイはいいのに弱そうなやつだな、と先輩には失礼なことを思う。
「長谷部くん、と呼んでいたが、俺の知り合いか? 悪いが、先輩の覚えは悪くてな……」
「あ、いや。顔と名前だけ。じ、じつはね、いや、僕も昨日あそこにいたんだよ。見てるだけしかできなかったんだけど」
「そうか。普通そうだから、気にしなくていい。それよりさっき、伊達工のヤツに『光坊』なんてよばれてたが、もしかしてパシリにされてるのか?」
「あ! いや、えっと、ううん……。そ、そうかな」
「そうならはっきり言え。なんだその煮え切らない答えは。三年にもなって伊達工のパシリなんてみっともないだけだぞ。暴力振るって、自分より弱いヤツをいじめたりパシリにしたりするだなんて、最低も最低だ。今時白ランにボンタン、下駄なんてダサいし。次伊達工のやつらに呼ばれたら俺を呼べ。わかったか」
 俺は、サブバッグからシャーペンとメモ帳を取り出し、メッセのアイディーを書き付けた。ビリッと破ってそれを燭台切に押しつけると、「あ、ありがとう」といやに大事そうに両手で受け取った。
「それにしても、伊達工のやつは卑劣だよね。弱いものいじめをするんだ」
「ああ、お前みたいなの、すぐカモにされるぞ。昨日も、チンピラを蹴散らしたら、二年で一番強いとかいう、なんちゃらってのが出てきて……」
「長船!」
 急に大きな声で口を挟んできた燭台切に、俺はおどろく。
「あ、ああ長船! あのダッサい長ラン眼帯野郎! あいつはダメだ。初対面で名前聞いてくるようなナンパ野郎だし、見た目からもうチャラさがにじみ出てる。あんなやつオンナをとっかえひっかえして性病持ちに決まってる。あんなやつ人間の風上にも置けん!」
「いや、でもさ、結構イカしたヤンキーだったよね。長ランも眼帯もマブ……カッコよかったし……」
「は? 伊達工のヤンキーって時点でもうクソだろ」
「だよねえ~~~~!」
 燭台切は、なぜかやけくそのように馬鹿でかい声をだした。なんだお前、ヤンキーに憧れてるタイプなのか、としらけて聞くと、そんなことないよ! と無駄に元気な返事がきた。
「伊達工死すべし! だよねえ! うん!」
 しゅっしゅっ、っとフォームのなってないへなへなパンチをしながら、燭台切は言った。どこからどう見ても元気なパシリくんです! という感じで、非常にかわいそうに思った。俺が守ってやらねば、と変な使命感みたいなものがふつふつとわいてくる。
「それじゃ、何かあったらメッセージくれ。燭台切」
「う、うん。よろしくね。長谷部くん」
 その『長谷部くん』という響きは、どこかで聞いたような感じがした。気をつけて帰れよ、と言うと、「あばよ……じゃなくてじゃあね!」と燭台切は大げさに手を振った。
 大丈夫かこいつ。パシリやりすぎてヤンキーうつってるんじゃないか。

 

 

 


次の日曜日  ムーンライトシネマ AM10:30

   それから僕は、黒田高校三年生の燭台切光忠として、長谷部くんに毎日メッセを送った。シャバい言葉使いがわからなくて、レスは毎回ぎこちなかったけれど、長谷部くんは必ず読んでくれた。
『今、姉川駅を出たところだ。もうついてるか?』
 ポン、という音とともに、スマホの通知欄に長谷部くんからのメッセージが表示される。
『ううん、僕もまだムーンライトシネマに向かってるトコ。楽しみだね、映画』
 ポン、と一生懸命貞ちゃんに頼んで探してもらった、シャバい子が使うようなスタンプを出す。シャバイ子は、メッセでスタンプを使うものだと聞いたからだ。シャバい子の中で流行っているという何も考えてなさそうな丸っこくてゆるいネコが、ハートを浮かべて笑っている。
 長谷部くんと出会って一週間。僕はありとあらゆる手を使って、彼に気に入られようと努力した。これ以上は危険を冒せないから実際には会えなかったけれど、鶴丸さんが偶然作ってくれた「伊達工にパシリにされている気弱な黒田生」というポジションは正義感のつよい長谷部くんのなかでは重要なところに収まったらしい。僕(といっても、燭台切光忠)と長谷部くんは急速に距離を縮めていった。
「すまん! 待ったか?」
 その結果がコレ。シネマムーンライト前で待っていた僕のもとに、やってきは長谷部くんはシンプルな白ワイシャツに、ジーンズ、紺のカーディガンを着ていた。清潔感があって、とてもかわいらしいな、と僕は思った。
 長谷部くんは、僕の格好を見るなり驚いた顔をして、
「お、お前私服はホストみたいなんだな……」
 と言った。
「そ、そんなことないよ! これだって普通の(パチ屋で勝ったお金で買った)アルマーニのジャケットだし、」
「アルマーニィ?」
「え、だめ?」
「お前……。やっぱり、伊達工のヤツにカモにされるだけあって、金持ちの息子だったんだな。普通の高校生はアルマーニなんか着ないぞ」
「そ、そうなんだあ」
 声が裏返るような気がしながら、適当な相づちでお茶を濁す。誰にも相談しなかったのは失敗だった。でも、貞ちゃんは絶対ここぞとばかりにダボダボ系ブランドの『加賀フィー』をおすすめするだろうし、加羅ちゃんは聞いてくれないだろう。鶴丸さんなんかに頼んだら、絶対トンチキな格好にさせられるに決まっている! だから自分で一番ヤンキーっぽくないのを選んだんだけど、それがホスト呼ばわりされるだなんて……。
「だって初めて長谷部くんと遊ぶでしょ。それで、ちょっと気合い入れ過ぎちゃったかも」
「ただの映画だぞ、映画」
「でも、すごく楽しみだったんだ。昨日も全然武田大学のやつとのタイマンに身が入らなくて……」
「それを言うならマンツーマンだろ。タイマンはケンカ。大学生の家庭教師でも雇ってるのか。お坊ちゃんだな」
「あっ、あ~うん! そうなんだよねえ! マンツーマン! そうなんだよ!」
 危ない、口が滑った。昨日コテンパンにした武田大学のアタマのことを思う。僕と長谷部くんの初デートの前日に仕掛けてくるだなんて、マジでムカつく! 顔が腫れるまで殴ってやった。勝手に家庭教師にしてごめんね。でも君が悪いんだ。
「それで、今日見るのは何だっけ」
「『極道先生 山伏国広 ザ・ムービー』だ。前売り買ってから公開が楽しみだったんだ。ペアチケットだったんだが、一緒に行く予定のヤツが用事があるらしくて、お前を呼んだんだ。こういうのは、嫌いか?」
「いや、そんなことないよ! むしろ君から誘ってくれてそれよりマジ……じゃなくてほんとうれしいよ。でも君、ヤンキー嫌いなのに、そういう映画は好きなんだ」
「ああ、ヤンキーは嫌いだが、それは現実の話であって、フィクションの題材としては結構好きだな。とくにこのブシヤマ先生シリーズは、ヤンキーが更正していくのが痛快なんだ」
 伊達工にもブシヤマ先生がいればいいのに、といいながら長谷部くんはムーンライトのショップでパンフレットを買う。
「何が飲みたい?」
「ん、ウーロン茶。あとポップコーン塩味」
「あ、すいません。ウーロン茶二つと、ポップコーン塩味のダブルサイズください」
 フードコーナーで注文する僕を尻目に、長谷部くんはパンフレットに夢中だ。そんなに好きなのか……とぼくは映画のポスターを見る。いつか読んだえほんの『やまぶしのふっかい』に似た格好をした教師には全然見えない男がバンと一面に移っている。そして、その後ろには金髪やらなんやらにしたヤンキーたちが何人もいた。俳優だからだけど、みんな弱っちそうに見えた。どれも、高校進学を期に、シャバ僧からヤンキーデビューしてみました!
 みたいな子だ。僕に言わせればね。
「もうすぐ開演時間だよ。楽しみだね」
「ああ」
 そういう長谷部くんは子供のように目を輝かせていて、あの夜桶狭間公園で見た彼とは全く別人のように思えた。
 

・・・

 

「ああ、面白かった!」
 ムーンライトシネマを出るなり長谷部くんは快活に笑って言った。
「やはり武士センはいいな。突っかかってくるヤンキー生徒どもを時に厳しく、時に優しく指導する頼れる教師。特に今回は、暴走族島津から生徒を守るシーンが最高に格好よかった」
 興奮気味に語る長谷部くん。本当にこのドラマのファンなんだ。
「ストーリーはすごく面白かったよ。僕、ドラマとかあんまり見る方じゃないから。でも、アクションはもっと気合いいれた方がいいと思うなあ。だって、生徒のケンカシーンとか拳に全然体重乗ってなかったし。ちっとも痛そうじゃなかったよ」
「お前、どんなとこに注目して見てるんだ。パシリに慣れすぎて、ついにそういうところまで判別がつくように……」
 長谷部くんは僕に哀れむような視線をよこした。すっかり僕のことを伊達工の連中のパシリ兼サンドバッグだと思ってしまった長谷部くんは、よしよしと慰めるように僕の背中をなでた。本気で僕があの桶狭間公園にいた長船光忠だとは思っていないらしい。思い込みの激しいタイプなんだろう。それはありがたかったけれど、少し金杯だった。

 

 ・・・

 

 姉川ムーンライト PM1:00

 僕と長谷部くんは、それからムーンライト通りにあるファストフード店で食事をし、豊臣ハンズで雑貨を見て回った。僕はなんだか落ち着かない気持ちだった。
 だって、こんな、シャバイ高校生がするようなことをしたことがなかったから!
 僕らのすることといったら、ケンカか、いつもの場所にたむろか、バイクのメンテか、雀荘かパチ屋かといったところだ。こんな、シャバいこばっかりが来るような、姉川ムーンライトなんか来たこともない。どちらかというと、安土町の方が僕らの縄張りだ。
「どうした? キョロキョロして」
 そんな僕の落ち着かない様子に、長谷部くんはすぐ気づいて理由を尋ねてきた。とはいえ、正直なところを話すわけにもいかない。
「いや、ここ工事してるんだなあって」
「ああ、地下道の整備だろう。来年の春には地下に新しいモールができるんだと」
 長谷部くんは、作業中の土木作業員たちをみながら、言う。僕はへえ、と返してその場をしのいだ。
 と、思われたのだけれど。
「あ! 光忠のアニキじゃないスか! ちわっす! 今日もオツトメご苦労様です!」
 土木作業員の中のひとりが、馬鹿でかい声を上げて僕に話しかけてきた。
「おい、あいつお前の知り合いなのか? っていうか、お勤めってなんだ」
「あ、いや、知らないコかな」
「知らないって何スか! 俺っすよ。オレ! 関ヶ原西高の! ってかなんでアニキとあろうものが見るからにシャバいのとつるんでるンスか」
「関ヶ原西ぃ? おい、燭台切。伊達工だけじゃなくてガハラニシのヤツにもパシられてるのか!」
「何スかこいつ。光忠のアニキはパシリとかじゃねえッス。ガハラニシはアニキの傘下ッスよ。それも知らねえで太鼓持ちやってんすか?」
「い、いやあ。あの」
 僕はまなじりをつり上げた長谷部くんと、関ヶ原西の生徒に挟まれてうんうんうなる羽目になった。これは非常にまずい。長谷部くんに、僕が伊達工の長船光忠とバレたら一巻の終わりだ。口汚く罵られて、これまでの友人関係はおじゃんだろう。
 僕はなんとか事態に収拾をつけるため、詰め寄る二人の頭をぐいと押しのけて、
「僕、そんなにアニキ――ー兄さんに似てるかなあ。確かに僕の兄さんは不良だけど、僕は君とは関係ないよ」
「あ、アニキ? アニキってそういう意味じゃ」
 また何か余計なことを言いそうな彼に小声で「口裏合わせてくれないかい? ぼくは 不良じゃ ない。君の パシリ」とじろりと鋭くガンつけると、すっと黙った。
「あ~。すんません。あんまり久しぶりなもんだから。間違えちまった。おい、光忠。アニキの弟だからってなめくさった面して歩いてっと、またリンチだぞ。最近ウチも生きのいいのが入ったから、みんなオモチャにはこまってねェけどよ」
「あ、うん。ごめんって。うん。僕もういなくなるから。君も仕事して」
「ケッ」
 彼は演技力が高い方だった。すっかり僕をサンドバッグ扱いして、仕事に戻っていった。機転が利くのはありがたいことだ。それはそれとして腹が立つので後でシメとこう。
 長谷部くんをみると、心底かわいそうなものをみたという顔をしていた。
「光忠……、お前。どこまでカモにされてるんだ」
「い、いやあ。兄さん――実休兄さんっていうんだけど。兄さんが大分筋の通った不良で。僕にも結構しわ寄せが来てるんだよね」
 ペラペラと適当なことをしゃべると、ヤンキー事情に全く詳しくない長谷部くんはすっかり信じこんでしまって、かわいそうなやつ。と僕に同情してみせた。
「次、今みたいなことがあったら。俺が守ってやるからな」
 頼れよ、光忠。そう言う長谷部くんの横顔は、パシリの燭台切光忠にとっては頼もしげに、ヤンキーの長船光忠にとってはあまりにもちょろくみえてしまった。

 

 

 

 

 

月曜日 黒田高校 昼休憩

「それで、噂の燭台切センパイとはどうなんです?」
 僕と行くはずだった映画、結局彼を誘ったんでしょう。知り合ったばかりなのに、お熱いことで。チョコデニッシュを片手にブラックコーヒーをすすりながら、宗三が訪ねた。
「別に。ほっとけないだけだ。ただ、あいつ。伊達工だけじゃなくて、ガハラニシにも目をつけられてるらしいんだ。どんだけパシリ力高いんだろうか」
「関ヶ原西? 不動が最近放課後出入りしてるっていうところじゃないですか。一年生で噂になってます。お小夜から聞きましたよ」
「俺っちもあれから親御さんに聞いたんだ。どうも奴さん、夜ごとにガハラニシのヤンキーどもとつるんでるらしい」
 薬研が、神妙な面持ちで言う。関ヶ原西といえば、伊達工には及ばないものの、荒れているともっぱらの噂だ。昨日出会ったヤツが、その証拠。ああいうやつがたくさんいるのだろう。そんなやつらと不動がつるんでいるだなんて!
「そんなの最悪じゃないか。不動はちょっと不良ぶってるが、芯からそうというわけじゃなかっただろう」
「それが、俺にもわかんねェんだ。聞くところによると、今月の月初めから家に帰るのが遅くなったとかで……」
「ねえ、長谷部。あの子、まだアレを気にしてるんじゃないでしょうね」
「それでガハラニシに行ったって? そんなバカな。それに、あれは事故だったろう」
「……本人は、そう思ってないとしたら?」
 薬研の言葉が、重く腹に響く。まさか、そんな。弁当を食べる手が止まる。不動はかなり思い詰めやすい性格だ。だからといって、そんなことがあるだろうか?


数週間前 本能寺前バス停 PM6:00 天気・雨 
 
 ざあざあと強く降っている雨が、アスファルトを強く打ち付ける。
「おい、蘭丸……。返事しろよ」
 傘を投げ出した不動は、雨に濡れるのもいとわず、ぴくりとも動かないそれに向かって、何度も声をかけた。しかし、それは返事をしない。アスファルトに投げ出されたそれの内臓が、てらてらと雨に濡れて光った。まだそんなに時間はたっていないように見えた。
「……不動。和尚に伝えて帰りましょう」
 宗三は、しゃがみ込んで泣く不動に向かって、言った。
 事実、俺たちにはどうすることもできなかった。部活帰り、いつものように本能寺にやってきたら、入り口前の車道で蘭丸が倒れていた。ちぎれたリードの端が、蘭丸の首から伸びて黒くなっている。蘭丸は本能寺の和尚がかわいがっている柴犬で、不動によくなついていた。不動も中学のころからかわいがっていたと言っており、芸を仕込んだんだと俺たちによく、蘭丸に膝をたたかせる芸を見せていた。
 その蘭丸が、死んでいた。車か何かにはねられたのだろう。内臓をさらけ出して横たわる姿は、昨日まで元気だった彼には見えなかった。ざんざんと降りしきる雨のせいか、ブレーキ跡は見えなかった。
「蘭丸、蘭丸ゥ……」
 不動のおえつは、雨音に混じって俺にはよく聞こえなかった。

 

・・・

 

 翌日寺の境内で行われた蘭丸の小さな葬式で、和尚が言うにはどうもバイクか単車にひかれたのではないかということだった。
「絶対、関ヶ原西のやつだ」
 不動は、憎悪に燃える瞳をしていた。確かに、本能寺前は関ヶ原西の通学路で、よく単車に乗った不良が法定速度を無視して走っているのを見かけた。ぶおんぶおんという排気音がうるさいのだと、温厚な和尚は困ったようによくこぼしていた。
「だからって、どうしようもないでしょう。僕らになにができるっていうんです」
 宗三はぴしゃりと言った。あの場にはいなかった薬研も、葬式には参列しており、「俺たちにできるってことといやあ、蘭丸が極楽浄土に行けるように、仏さんにお願いすることくらいだあな」と不動を慰めた。
「でも、でも」
 不動はぼろぼろと悔し涙を流した。あの雨が嘘のようにすっかり乾いた地面に、不動の涙がぽつぽつとしみた。それが雨の様だった。
「死んだものは、泣きもしない。怒りも、喜びもしない。何もないんだ、不動」
「お前に、何がわかるってんだよぉ!」
 俺がそういうと、ばっと不動は顔をあげて、俺を怒鳴りつけた。頭がぶつかりそうなほど胸ぐらをぐっとつかまれる。涙のにじんだ目が俺をにらんだ。
「死んだものは帰らない! 当たり前だ。だから『なにかしてやろう』だなんて思うな」
「長谷部の馬鹿野郎。宗三も、薬研もなんだよ。俺が悪いみたいな顔しやがって。ちくしょう。チクショウ……蘭丸……」
 一転、不動は力なくうなだれた。俺は、だれかにこれだけ想ってもらえるだなんて、蘭丸はなんとしあわせなやつだろうと思った。
  それからだ、不動が妙に付き合いが悪くなったのは。

 

 


 月曜日 伊達工業高校 放課後 PM4:10


「今日の放課後、部活終わりに、会いにいっていいかな……っと」
 光忠はだらしなくやにさがった顔で、スマートフォンとにらめっこをしていた。俺たちがそれを見るのはもう何度目になるか。
 長谷部という黒田のシャバいのと知り合ってから、そして鶴丸の冗談を本気にして黒田生に変装なんて馬鹿らしいことをはじめてから。光忠はすっかりふぬけになってしまった。
 パチンコも麻雀もやめたし、キープしていたオンナたちともさよなら。夢中なのは、スマートフォンの向こうの長谷部国重というシャバいのがおくってくるメッセージだけ。
 ついにデートまでこぎ着け一緒に映画を見たのだと、今朝いやにきらきらした顔で報告を受けて辟易した。こんなの俺の知っている光忠ではない。まあ、別に光忠がどうなったってかまわないのだが。
 かまわないのだが。
「最近、お前の異変を嗅ぎつけた関ヶ原西が、独立を狙ってるだかなんだか聞いたぞ。やめてくれ、お前は一応二年の頭(アタマ)なんだから」
 俺たちに迷惑がかかるなら話は別だ。そうにらみつけても、光忠は「ええ~」と、間抜けな返事をするばかり。伊達の独眼竜が聞いてあきれる。
「それなんだけどね、もうなんか、めんどくさいし。長谷部くんと会うのにも邪魔だし。加羅ちゃんに譲ってもいいかなあなんて」
「やめろ」
 俺は誰ともなれ合わない。従って、伊達工のヤンキーカーストにも興味がない。だれかの上に立って、そいつらの尻拭いをしろって? 冗談じゃない。知らないヤツにアニキなんて呼ばれるのなんか、もってのほかだ。
「おまえが、どんどんらしくなくなるから。俺たちは大変なんだ」
「そうかな。僕はもとから、トップ争いなんかに興味はないし。売られたケンカは買うけれど。自分からこうなりたいなんて想ったことは一度だってないんだよ」
「だからって、今の立場を放棄するようなことはするな。ガハラニシの問題は、お前のせいだ。お前の問題はきちんとお前自身でどうにかしろ。俺は手伝わないし、お前の代わりになってやるつもりもない」
 俺は、ぴしゃりと言った。このまま、光忠が足抜けするのは問題ないが、それに付随して起こる問題は数知れない。この伊達工だって、光忠が二年のトップに君臨しているからそれなりに平和なのだし、その傘下にあるほかの高校が黙っておとなしくしているのも『伊達工の独眼竜』には敵わないと想っているからだ。
 それなのに。弱点をしられたら? 黒田生に変装なんかして、シャバい生活を楽しんでいるだなんてことがバレたら?
「正直に言わせてもらうが、長谷部国重の存在は、お前の大きなウィークポイントだ。もし、ほかの学校のヤツにつるんでいることがバレてみろ。お前はいいかもしれないが、長谷部は確実にリンチにあう。お前に関わったというだけでな」
 俺の目には浮かんでいる。姑息なバカどもが、長谷部国重をさらって、光忠を脅迫する光景が。それが全くありえないことだとはいえない。光忠の話では、長谷部も腕がたつらしいが、そんなの鉄パイプでも持ってこられたら一巻の終わりだ。
「とくに、ガハラニシのやつらはお前がトップだということに納得してない。何をするかわからんぞ」
 そこで、ポン! という音が光忠のスマートフォンから鳴る。
「『すまない。今日は関ヶ原西に用事がある。もし、俺が五時までに連絡をよこさなかったら、警察を呼んでくれ』」
 読み上げる光忠の顔が、すっと表情をなくす。
「僕、ちょっと行くから」
 鋭くとがったナイフのような声色で、光忠が言った。のっぴきならない事態になったことは、明白だった。


関ヶ原西高校 校門 PM4:35

「おい、兄ちゃん。黒田のだろ。なんでシャバイやつがこんなとこきてんだ? アア?」
「ここに、俺の後輩が来てるって聞いたんだ。知らないか?」
「あ~? ゆきチャンのことかァ。あいつ、今月急にヤンキーになりてえとかいって、最上サンのしたっぱんとこの舎弟になったんだよ。ま、パシリだけどなあ!」
「まさか、僕ちゃんもヤンキー志望でちゅか~~~?」
 テンプレートみたいなソリコミの入ったヤンキーどもが、俺を冷やかす。だが、帰るわけにはいかない。不動が危ない目に遭っているというのに、俺が黙って見ているなんてできるわけがないのだ。
 不動は、おそらく犯人捜しをしている。蘭丸が死んだあの日からずっと。不動はそういうやつだ。一度決めたことは、なんとしてもやり遂げる。それが、どんなに危ないことだとしても。それを止めてやるやつが、あいつには必要なのだ。言葉じゃ、俺はどうにも不動にはなにもしてやれない。それなら、ここに突っ込んでやって、げんこつの一発でもくれてやるのが俺のすべきことだろう。
 ヤンキーに関わるなんて、バカのすることだ。あいつらは、卑怯で、姑息で、自分に有利にことを運ぶためなら、なんだってする。そんなやつらに、復讐だなんて。
「うるさい。俺はあいつを連れ帰りに来たんだ。その、最上とかいうやつのところにつれていけ」
 正直、ケンカ三昧のヤンキーどもに、言葉での話し合いが通じるとは考えてはいない。だからといって、少し実戦空手を習った程度の俺が、その最上サンとかいうガハラニシの元締めくさい男に敵うわけがないだろう。
 だから、燭台切だ。あいつなら、確実に警察に連絡してくれるだろう。なんていったって、ヤンキーのパシリになりまくるような押しに弱いやつだ。俺の頼みくらい、聞いてくれる。
そしたら、警察がやってきて、俺たちを保護してくれる。まあ、骨の一本や二本はダメになるかもしれないが、俺たちに暴行を加えたヤンキーどもは一網打尽だ。少年院でもなんでも行くがいいさ。
「ハァ? シャバ僧のくせに、最上サンとやりあおうってのか?」
「無理無理! 最上サンは、一年にしてガハラニシを征したオトコだぜ。最上サンがいれば、伊達工の傘下からの独立も夢じゃねえ。ここ一帯の天下は、俺たちがとるんだよ!」
 ばん、と肩を勢いよく小突かれる。完全になめられているな、と想いつつ、俺は特に抵抗もせずに「その、最上サンっていうのはどこにいるんだ」と聞いた。
「っるせえシャバ僧だな。行きたきゃ行けよ! 最上サンはショッピングセンター奥羽の廃倉庫だよ。ま、行ってみたらいいんじゃね? ただし、逝くのは地獄だろうけどな!」
 ギャハハ! と下品な笑い声が浴びせられる。俺はそれに返事をすることもなく、関ヶ原西を後にした。


  ショッピングセンター奥羽 廃倉庫 PM4:40


「あの独眼竜がアタマ張ってるっていう伊達工……。今の関ヶ原西相手にどんだけもつかね」
 最上は、ドラム缶の上にだらしなく座って、そんなことを言った。最上はこの秋転校してきた一年生ながら、すっかり関ヶ原西を牛耳っているらしかった。
「おい、テメエら。独眼竜のやつが、黒田のシャバイのとつるんでたってのマジか!?」
「へい、成美の様子が昨日からおかしいんでちょいと絞ったら、吐きやした」
「伊達工のトップが黒田とナカヨシやるくれえ不抜けてるっちゃあ、もうどうしようもねえな。伊達工(アイツら)には関ヶ原(ウチ)のもんさんざコケにされてんだ。今シバかねえで、いつやる? テメェら、独眼竜のやつ病院送りにしたるぞ!」
 最上は、ガン、とドラム缶を蹴って地面に転がした。取り巻きの単車に当たったが、怖いのか誰も文句は言わなかった。
 最上は、伊達工の傘下から抜けだそうと画策している。そして、関東のトップに上り詰める気だ。ここ数週間、俺が潜入して分かった情報。
 関ヶ原西に「ヤンキーになりたい」と言って舎弟のまねごとをし続けてもう数週間。それでも、蘭丸を殺したバカは見つからない。
「おい、ユキちゃんよお。お前、黒田だろ」
 俺のアニキにあたるチンピラが、声をあげる。
「あ? てめえ黒田のガキ飼ってんのか?」
「え、いや最上サン。コイツがいっぱしのヤンキーになりたいっつって言ってきたんす。それで俺の舎弟になって」
「ああ? そうだったのか。ふん、じゃあ。ソイツやっちまえば、黒田とナカヨシの独眼竜もでてくるかもなあ」
 最上が、値踏みするように俺を見た。俺のことを、ただの道具としか思っていないという目だった。まずい、と俺は内心焦る。こんな事態は想定していなかった。伊達工と関ヶ原西の抗争に、黒田が巻き込まれるだって?
「なあユキちゃん。俺とタノシイことしようぜ」
 最上がにやりとわらう。
「おい、野郎ども! 伊達工の独眼竜に伝えろ! テメエが一人で来ねえと、アンタごひいきの黒田のかわいい坊ちゃんが、ひどいめに合うってな」
「はっ? 俺は関係ねーだろッ!」
「ユキちゃん、ヤンキー信じちゃいけねえよ。ほんとに俺たちが、お前みたいな乳臭いガキの面倒みるって思ったか? バカでやんの! 都合のいいオモチャでしかねえのさ。おめえみたいな半端モンはよ!」
 最上の一声で、ぐっと、まわりのヤンキーに羽交い締めにされ、地面にころがされた。その俺の頭を、最上は楽しそうにぐりぐりと踏んだ。
「い、いってえ……! くそっ」
 なんでこんな目に! 俺は、砂利まみれなってざりざりした口をぎゅっと引き結んだ。
 まだ、蘭丸をやったやつだって、見つけてないっていうのに!

 ・・・

 

「失礼する!」
 そんなときだ。廃倉庫にりんとした声が響いた。妙に聞き覚えのある声だった。
「ここに、黒田生の不動行光がお世話になっていると聞いている。連れて帰るから、こっちによこしてくれ」
 長谷部だ。地面に引き倒されて、入り口のほうは見えなかったが、確かに長谷部の声だった。なんで、こんなときにあいつが来るんだ! 俺は泣きたい気持ちだった。この、お節介野郎が。
「おい! また黒田のガキがやってきたぞ! こういうのなんて言うんだっけなあ、そうだ。飛んで火に入る夏の虫っていうんだな!」
 がはは、と最上が笑う。つられて、取り巻きたちも下品に笑った。
「は、はせべ……。なにしてんだよ、俺ンことなんかほっとけよ。っつーかなんでここがわかったんだよ」
「どうでもいいだろう。ほら、さっさと帰るぞ。最上さんというのはお前か? 悪いが不動を放してやってくれ。もう来ないよう言い聞かせるから」
 首を動かして見れば、ヤンキーどもの間を臆することなくどうどうと長谷部は歩いてきた。バカ真面目なやつだ。犬一匹の事故のことが忘れられないダメな俺なんかのタメに、こんなとこまで来やがって。
 最上が、そんな長谷部の言うことを素直にきくはずもなかった。なぜなら、タイミングがタイミングだったからだ。
「おう、黒田の坊ちゃんが二人になったぞ。勇気出してきてくれたところわりいなあシャバ僧。アンタも一緒に独眼竜のエサにしてやるよ」
 やれっ、と最上がチンピラに号令をかける。すると、周りのやつらが長谷部を取り囲んだ。長谷部が強いのは知ってるが、こんな大人数相手じゃどう考えたって勝ち目がない。
「長谷部ッ! 今は帰れっ! 俺みたいな未練がましいダメなヤツ、ほっといてくれ!」
「やかましい! ほっとけるかッ! いつまでもそうやって死んだヤツのこと気にして危ない目にあって。それこそお前が蘭丸を泣かせてるってわからないのかッ、たわけ!」
「今はそういう場合じゃないんだよ! こいつら、俺たちをリンチにして、伊達工との抗争の火種にしようってんだ。危ねえのはお前もなんだよ!」
 俺が叫んでも、長谷部は引かなかった。最上が半殺しにしてやれ! と叫ぶ。周りにいた五、六人のチンピラどもがいっせいに長谷部に襲いかかった。
 びゅん、と伸びたストレートが長谷部を捉える。それをよけようとした長谷部は、もう一人のヤンキーに後ろから羽交い締めにされて、身動きがとれない。
 ドカッ、という音ともに、長谷部の顔にヤンキーのこぶしがめり込む。
「ゔっ」
「は、長谷部ッ!」
 最上の部下は、よろけた長谷部に跳び蹴りを食らわせ、そのまま地面に倒した。ドスンと肩からコンクリの床に倒れた長谷部は、ふうふうと苦しげに息を吐いた。
「アハハ、遊び相手にもなりゃしねえや。ユキちゃん、次はお前がああなるんだぜ」
 最上が言う。
「まだだ」
 カハッ、っと乾いた咳をして、長谷部は立ち上がる。
「俺は、陸上でも最後の粘りが強みなんだ。俺が倒れるまでは……、はあ、不動に手出しはさせんぞ。バカども」
 口の端をくっとあげる、皮肉げな笑みを浮かべて、長谷部は言った。
「足の一本、腕の一本くれてやる。死ななきゃ安い。俺が死ななきゃ、お前ら全員暴行罪で警察行きだ」


  ショッピングセンター奥羽 廃倉庫 PM5:00


 警察行きだ、とは言ったものの、今から燭台切が警察を呼んで、ガハラニシからここまで来るまでの時間稼ぎができる自信はあまりなかった。
 やつらを全員とっちめるには、俺は向こうに暴力を振るってはならない。あくまでも、『関ヶ原西のヤンキーが一方的に黒田生に暴力を振るった』ことにしなければ、ケンカ沙汰の多いここらじゃ、ろくに取り扱ってもらえない。
 最上という俺の啖呵にすっかり怒ってしまった様子で、調子のりやがって、と悪態をついて不動をぽいとその辺にやって、立ち上がった。
「シャバ僧のくせに、ナマイキな口叩いてんじゃねえ。ガハラニシに手ェ出したこと、後悔さしたる!」
 やったれ最上サン! とはやし立てるバカのうるさい声が耳につく。さっきから、頭を打ったのか頭痛がひどい。ああ、警察はまだか。助けは……。
「ねえ! 伊達工の独眼竜に用があるっていうのは、どこのどいつなのかなァ!」
 やけに馬鹿でかい声が、倉庫と俺の頭にうわんうわんと響いた。聞き慣れた声だった。
「しょ、くだい、きり……?」
 痛む体を動かして、振り返る。
 そこに立っていたのは、長い学ランを風になびかせた、伊達工の制服を着た男だった。断じて、黒田高校三年生の燭台切光忠ではなかった。
 そいつは、俺を見るなり慌てて駆け寄ってきた。近づくと、よみがえったのは桶狭間公園での記憶。あの、チャラくて、スカした野郎が。燭台切だって? 怒りがふつふつと腹の底からわいてくる。
「おまえッ、あのときの! だましていたのか」
「そんなことは今はどうでもいいだろ。長谷部くん、すごい怪我じゃないか。なんでこんなことを君みたいなシャバいコが」
「それこそ貴様には関係ない話だ。身内が危なかったら誰だってやることだろう。それより警察はどうしたんだ。呼んだんだろうな」
「呼ぶわけないだろ? 僕が今からみんな掃除するんだから」
「クソ、これだからヤンキーは嫌いなんだ。覚えてろよ……。っ、つう」
「ボロボロじゃないか。待っててね長谷部くん。あそこにいるのは君の友達? 今から、アイツぶんなぐって、君とその子に向かって土下座させるから」
倉庫のライトに照らされたそいつは、見知った顔のはずなのに、全然知らない人間の表情をしていた。ぎらぎらと、猛禽類の様な金の片目が、怒りの炎に燃えていた。
「おい、オメェが伊達工の独眼竜か」
「そうだよ。よくも、僕のダチに手をだしてくれたね……。こういう姑息な手を使って、関東ナンバーワン目指すっていうのは少し度胸がないんじゃないかな! ヤンキーならタイマン勝負しろよこのド三流!」
「ハァ? ド三流なのはテメエだろ長船ェ! 黒田なんかとナカヨシゴッコするようなヤンキーなんか、アタマにしといちゃ情けないったらありゃしねえ」
「……強いんでしょ? はやくかかってきなよ」
 カン、といらだたしげに燭台切――――伊達工の独眼竜長船は、革靴のつま先を地面に当てて音を鳴らした。
 そこからは早かった。雄叫びをあげて殴りかかろうとした最上の腕を片手でつかみ、長船はギリギリとひねりあげる。
「い、こ、の、クソが!」
 がむしゃらに反対の腕から放たれるストレートをふっとかわし、長船はそのごつい顎に重いアッパーをお見舞いした。
 ものすごい音とともに、最上はきりもみになって吹き飛ぶ。どさ、と倒れ伏した最上は、ぴくぴくとけいれんして、それ以上動かなかった。
「ま、マジかよ! 最上サンがものの数分でやられやがった!」
 周りのチンピラは、この一発KOに恐れおののいて、わあああと散っていった。
「この汚いの、ちゃんと持って帰ってね」
 長船は、すっかり間抜けな顔で失神している最上の頭を靴のつま先でこつんとたたく。
「は、ハイッ!」
 長船は、最上が引きずられていくのをちらとも見ずに、倒れて動けずにいる俺のもとに向かってきた。
「長谷部くんッ」
 一瞬で、『燭台切』のふにゃあとした顔に戻って、長ランの裾が地面に擦れるのも気にせずに、長船は俺の体を抱き起こした。
「俺はいいから、そこの不動をどうにかしてやってくれ……。何されたかわかったもんじゃない」
「もう、君はひとのことばっかり。二人とも、ビョーイン連れてくから」
「ああ、そうしてくれ……」
 そこで、俺の意識は途切れた。

 後日 壇ノ浦総合病院 個室 202病室 


   俺が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。白い天井が、顔に巻かれた包帯のせいでよく見えない。
 蹴られた顔面が痛む。腹が痛む。腕はうごくか、足は? 問題はなさそうだった。それより、友達に嘘をつかれていたということが心をひどく痛めつける。
「燭台切……」
 それはカスカスの、声にならない声だった。優しくて、温厚なアイツが。よりにもよってあの日出会った気に入らない野郎――――伊達工のトップ・長船光忠だっただなんて。
「気づかなかった、俺もバカだよなあ」
 なんせ、部活の後輩や宗三以外で初めてできた友人だったのだ。よくパシられるような、優しいやつ。そこがすごく気に入っていた。
「長谷部、長谷部。起きてるんですか」
 そこで、近くに誰かの陰があるのに気づいた。声で、ああ、宗三か。と分かる。
「もう、不動もあなたも無鉄砲すぎるんですよ。怪我して帰ってくるなんて。僕らがどれだけ心配したと思ってるんです」
「宗三のヤツ、長谷部が死ぬかもしれないって大騒ぎだったんだ」
 その声は、薬研だろう。薬研は、鼻の骨折、脳震盪、顔面の腫れ、左手の骨折が主な診断結果だと教えてくれた。塞がってない方の目を動かすと、不動がいるのが見えた。よかった。こいつは入院じゃないのか。
「不動、おら。長谷部が起きたぞ」
 不動は、薬研に押されて俺の顔のそばにやってきた。不動も、頭にぐるぐると包帯を巻いていた。あのとき最上につけられた傷だろうと思われた。
「長谷部。あの、勝手なことして、悪かったよ……」
 それをぼそっと言って、不動は俺の頭をなでた。
「蘭丸が死んでから、周りが見えてなかった。俺がガハラニシなんかに行ったら、心配するやつがいるってこと、分かってなかった」
 ごめん。と不動は言う。それが分かったなら、いいと思う。死んでしまったものより、残されたもののことを俺は不動に大事にしてほしかったのだ。死んだら、だれも泣きもしない、笑いもしない。でも、生きてるやつは、いつだってお前のことを気にかけている。そんな言葉は、うまく口が動かず口にできなかった。

 

 

 


さらに数日後 壇ノ浦総合病院 正門


 俺は、数日もしないうちに手と鼻にギプスをつけた状態で退院できるようになった。入院中は、様々な人が俺の病室に訪れた。部活の後輩の博多や、両親、先生。宗三たち。そして警察。最上には厳重な注意が行くと聞いた。これだけやっても厳重注意で終わるから未成年っていうのは。
 特に不動は毎日のように見舞いに来た。そこまで気にしなくてもいい、と腫れが引いて動くようになった口で言えば、いいだろ別に、とぶっきらぼうに返して横の椅子に座っていた。
 病院のドアを開けて外にでると、抜けるような青空が俺を迎えた。久しぶりにみた青い空は、すがすがしく、気持ちがよかった。
 そこで、病院の門のところに、真っ黒い格好をした人間が立っているのが見えた。そいつは、俺が出てくるのをみるなり、学ランの裾をばさばさと翻して駆け寄ってきた。
「長谷部くん!」
「……お前か。今更なにを」
 あの日、俺を助けてくれた嘘つき野郎が、息を切らして目の前に立つ。黒いアイパッチに、セットされた頭、改造学ラン。それが燭台切光忠を名乗っていた男の本当の姿だった。
「退院おめでとう、って言いたかったんだ。会いたかったんだけど、病室、誰も教えてくれなくて。特にあのピンクの髪のコ! 怖いよ。近づいたらタマ潰すって言うんだ。ほんとに黒田のコなんだよね?」
 花束を渡され、思わず受け取ると、長船はうれしそうに笑った。長谷部くんに似合うと思ったんだ、と言う。
「……おめでとう、の前になにか言うことがあるんじゃないのか」
「それなんだけど! マジでごめん! 僕、君とどうしても話がしてみたかったんだ。それで、鶴さん……僕の知り合いが、変装したらって。どうかしてたよ。君をだましてたんだ、最低だろ」
 でも、あの日、桶狭間公園で見てから、気が合うって思って。友達(ダチ)になりたかったんだ。すっかりヤンキーを隠すこともなく、荒っぽい口調で長船は言った。きにくわない、と思う。けれど、子犬のような顔をした燭台切光忠の幻影が、長船にかぶる。変装して演技しても、同一人物なんだから、当たり前だ。
「お前、本当に友達になりたいってのは、嘘じゃないんだな?」
「うん。本当さ。君と仲良くなりたくて、僕」
「ならいい」
「え?」
「許す。助けてもらったしな」
 長船はきょとん、とした顔をした。こんなにあっさり許されるとは思っていなかったのだろう。俺も、こんな簡単に腐れヤンキーのことを許してやるとは思っていなかった。
 つまり、情がわいたのだ。
「でも、俺はヤンキーとは仲良くしない! 独眼竜? 伊達工のトップ? ダサすぎるだろ。ついでにいうと改造制服もめちゃくちゃダサい。そういうダサいのやめて、真面目になるって言うなら、話くらいは聞いてやる」
「そんな! 君は黒田だから分からないかもしれないけどね、僕がいないと伊達工は秩序を失ってしまうよ」
「ヤンキールールなんか知らん。誰かに継がせてさっさと隠居しろ」
「え、ええ~。そんな無茶な」
 本当にヤンキーなのか? と思わせる情けなさで、長船は頬をかいた。
「はは、知ってる」
 あまりにも長船が俺の一挙一動に振り回されるのがおもしろくて、笑い声が漏れた。
「それより、俺は燭台切に会いたいんだが」
「え?」
「今度水族館に行くって約束してただろ。おい、クソヤンキー。お前のパシリなんだろ。アイツ呼んでこい」
 長船は目を丸くして、「長谷部くんそれって……」と言った。どうだかな、と俺は返事をした。

                                         

 

 

 

 

                                     (完)
 

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