ハンカチーフと祈り
(帝独 R18 ARBのハンカチとセックスフレンドの帝独)
「頼む! この通り!」
溜まっているがギャンブルに負けて金がない。一銭も持っていないからデリヘルどころか、八百円のオナホすらも買えるわけがない。そんでもって今日の寝床は野宿だ。だからお願いだからセックスをしてくれ。出会い頭に土下座をしてそのようなことを宣った相手を見下ろしながら、メールで呼び出された独歩は呆れきってため息をついた。
「呼び出した人間に会ってすぐにそれじゃ、手練れの嬢も逃げるだろ」
「だからお前くらいなんだよ、ヤってくれんのが」
「っていうかなんで俺なんだよ。別に俺じゃなくてもいいだろ……」
「だって、知り合いで一番後腐れがないのがお前なんだよ。めんどくせえこと言わねえし、ケツ使ったセックス慣れてるし」
お前にとっちゃそうだろうけど、と独歩は帝統のあまりのに開いた口がふさがらなかった。それはそうとしても、仮にもバトルの相手チームにそういうことを頼むのはいかがなものか、もっと親しい相手がいるだろと悪態をつく。そうすると、急に帝統はまじめくさった顔をして、「ダチにそんなこと頼めるわけないだろ」と言った。少なくとも飴村乱数や夢野幻太郎にセックスをたのんではいないと知れて、独歩はどこか安心をする。そして同時に、そんな浅ましく簡単な自分に辟易した。それは自分が彼の「ダチ」ではないのだというのと同義だというのに、なにをほっとしているのかと馬鹿馬鹿しい気持ちになる。
「最悪な言われようだな……」
「でも、来てるっていうことはそういうことだろ」
帝統の言うことは的を射ていた。そうやって文句を垂れていても、独歩が仕事帰りにくたくたになってシンジュクからシブヤくんだりまでやってきたということは、この小汚い男とセックスをしたいということに他ならなかった。嫌がっているように見せているのはそういう態度を取っておかないといけない気がして意地をはっているに過ぎない。
「それで、どこに行く? 俺の家は朝方には一二三が帰ってくるだろうし、ラブホで良いか?」
このままだといつぞやのように不審者扱いをされ、職務質問されかねない。いつまでも公園の隅で土下座させているわけにもいかず、独歩がそう聞けば帝統はぱっと顔を上げて、「ああ、独歩さま~~!」と乞食のように足にすがりついた。独歩は足にまとわりついている帝統を立たせると、足早にホテル街へと向かった。
・・・
帝統が独歩をワンナイトの相手にするのは、なにもこれで初めてではない。セックスの相手を求めていた独歩がマッチングアプリで知り合った相手ともめていたところを、偶然居合わせた帝統が助けてからこの関係はずるずると続いている。
要は、独歩も帝統を求めているのだ。セックスはしたい。でも危険な目には遭いたくない。ならば、素性を知っている相手がいい。だから独歩にとっても帝統は都合がいい存在だった。しかしそう言うとどうにも負けた気がして、わざとつっけんどんな態度をとっているところがあった。
部屋に入るまで、帝統は独歩の後ろできまりのよい飼い犬のようにおとなしくしていた。それはまるで嵐の前の静けさだった。腹を減らした肉食獣が、獲物を前にして狙いを定めている感覚。おとなしくしていても、ギラギラとした獣の視線が独歩の首筋に突き刺さっている。獣が帝統なら、餌は独歩だ。ああ、自分はこれからこいつに喰われるのだ、と独歩は妙な胸の高鳴りを感じていた。なにも、溜まっているのは帝統だけではない。
「もういいだろ」
「ん、待て、よ……」
部屋のドアを開けて入るなり唇を奪われ、独歩は驚いて背中を壁に軽くぶつけた。手首を掴まれ、そのまま縫い付けられる。制止の声は届かなかった。少し高い背丈の帝統が、独歩を覆い隠すように激しく口の中を蹂躙する。
「ふ、ん……。ふあっ、んんっ、だい、すっ。待て、ったら」
「待たねえ」
息継ぎの合間に、なんとかやめろと言うのだが帝統は聞かない。そういえば元から人の話なんか聞かない性分だっけ、と酸欠でぼんやりとした頭で独歩は考える。
「はあ、んっ……。ふ、んんっ」
「そっちも気持ちいいんだろ。勃ってんぞ」
「言うな、よ。そんなこと……」
口内を蹂躙され、舌を絡められて独歩はもうふにゃふにゃで、力の抜けた独歩の股に足を差し込まれて支えられた。ごり、と勃起した陰茎を太腿で押されて、快楽にびくびくと体を震わせる独歩を帝統は馬鹿にするように笑った。
「ベッド、行こう」
キスをされて腹がどうにもうずくからはやく挿れて、などという卑しいことはどうしても言えなくて、独歩は帝統のモッズコートの裾をひっぱるだけにとどめた。帝統はそれを了解して、独歩を連れて足早にベッドになだれ込んだ。
・・・
「もう、準備してきたから。即ハメできるぞ」
「やっぱお前なんだよな。オナホより断然いい」
最低なことを言っている自覚は帝統にあるのだろうか。独歩がスラックスとパンツを下げて、局部をさらけ出して見せると、その痴態に煽られた帝統はハアと熱い息を吐いた。
「帝統の、ちんこ……。はやくくれよ、ディルドなんかよりずっとイイやつ……!」
「お前だって失礼じゃねえか、っよ!」
「あ、ああっ、ああっ~~~~~ッ!!!!」
腹ばいになった独歩を押しつぶすように、帝統は陰茎をごりごりとナカに挿入した。そのひと擦りひと擦りに独歩の膣肉と化した腸壁は悦んで、快感を脳に伝える。
目の前がチカチカと瞬いて、まぶしいと独歩は感じた。夜の部屋の中で、見られる星がこんな低俗なものでは笑える話だ。
「ハメてすぐイった? 我慢できてねえの、そっちじゃねえか」
緩く精液をこぼす独歩の萎えた陰茎をさわりながら、あざ笑うように、帝統は言った。
帝統が独歩のみっともないところを見るのが好きらしい、というのは何度か体を重ねて分かったことだ。そして、独歩にもそういうどうしようもないところを見て欲しい、という思いがあった。帝統は独歩の「きちんとした大人」の部分を嫌った。独歩も帝統にそれを壊されてしまうことの快感に酔っていた。
「帝統が、俺のイイとこ、ばっか、ぁっ……。突くから、だろ、あああっ!」
独歩が感じ入るのを見てなんの得になるのかしれないが、帝統はしつこく独歩の奥をずりずりと前立腺を轢き潰すようにして突いた。そうすると、独歩はもっと感じてしまい、熱い息を吐きながら、だめ、だめとかぶりを振って嫌がるポーズをした。
それがポーズだと帝統もわかっているので、その通りには絶対にしない。独歩のダメ、はもっと、の意味だからだ。
「締め付けすげーな、すぐに持って行かれそ……」
「だせ、ば、いいだろ……っ。それで終わるんだ、からあっ……!」
「お前が満足してないのに、終われるかよ。このまま奥までいっぱいつかれて、ナカにだされたいですって顔してるぜ」
「し、して、ない……ッ! ああああっ! はあ、奥、奥は、明日しんどいからっ」
「オナホの言うことなんか聞けるか? 聞けねーな」
帝統はわざと乱暴に独歩の腰を掴んで、寝バックの姿勢で陰茎を奥まで突き立てた。すると、独歩のつま先がぴんと伸びて、口からはいやらしい喘ぎを発した。
「ああ、ああああ~~~っ! いく、いくっ、いぐっ~~~~~!」
帝統の体に覆い被さられた背中が、二回三回と魚のように跳ね打って、それからぐったりと力が抜けたように独歩は倒れた。それと同時に、強いしめつけで帝統も独歩のなかに射精をする。それでもまだ彼の後穴ではきゅうきゅうとけなげに残った精液を吸い取ろうと帝統の陰茎に奉仕していた。
「……出さずにイッたか?」
「聞かないでくれよ、そんなこと……」
べたんとたおれ伏し肩で息をしている独歩の肩に帝統は軽く歯をたてた。だが、噛むことはしなかった。毎回、帝統は独歩の肩を噛もうとして、ためらいを見せる節があった。別に噛んでくれてもいいのにと独歩は思うのだが、帝統の中でなにかしらのケジメがあるのだろう、と直接聞いたことはなかった。
「溜まったの、解消されたか?」
しばらくぜえぜえと息を吐いていた独歩であったが、帝統がさしだしたハンカチで体を拭くと、身も蓋もないことを言った。帝統はなにか言いたそうだったが、独歩にはわからず、そのままシャワーを浴びに行った。
・・・
「あーあ、気づかねえのかよ……」
シャワー室に行った独歩を見送ると、渡されたハンカチを帝統は大事そうにまたたたんで上着のポケットに入れた。また幻太郎に洗濯を頼まなければならない。帝統をデリカシーがないと言う独歩であったが、独歩こそデリカシーがない。それがいつかのホワイトデーに独歩が帝統にくれたものだと、いつまでたっても独歩は気づかないのだから。
「セックスしたくなったら、また呼べよ。メールしてくれたら、行くから。お前は時間がくるまで寝てていいぞ」
セックスが終わったあとの独歩はびっくりするほど事務的だ。こうしてメール一通で帝統は独歩を呼び出して、セックスすることができる。夢野に与えられたスマートフォンを使って数ヶ月だから、メールくらいするのはわけないことだった。
だがそのメールで、たとえばなんでもないデートなんかに誘うような勇気は帝統にはなかった。いくら帝統が極限の状況を好むギャンブラーだとしても、全財産をベットするのは「当たる可能性が万が一でもある」というときで、「可能性が全くない」という時ではない。
そして、いまはまだ後者なのだ、と風呂からあがり、背広を身につけた独歩の背中を茫洋と眺めて帝統は思った。
いつか、好きだと独歩に言わせたい、と帝統は思った。だって独歩こそ、帝統じゃなくてもいいのだ。それなのに、わざわざ宿無しの汚い男とセックスをするというのは、ただの慈善事業だけではないに決まっているだろう。
恋はポーカーやブラックジャックに似ている。ようは駆け引きの問題だ。帝統は独歩を確実に手中におさめたい。なら、いまは降りておくのが正解ではないだろうか。
「でもあんた、俺が呼ばねえあいだ、他の男のとこに行くんじゃねえよ。幼馴染みのやつとか」
だから、今の帝統に言えるのはそれだけだった。
「はあ、行かないよ。一二三はただの幼馴染みだし。っていうか、君くらいしか俺を相手にするやついないだろ……」
独歩は鬱々としたことを言いながら、ネクタイを結んだ。もうさっきまでセックスをしていたとは思えない姿だった。あそこから伸びる首に、本当にかみついてやれる日がくるだろうか。帝統はポケットのなかの白いハンカチを握りしめた。
END