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​見せて

​(フーカズ 一審)


「フータって、あんまり運動しないのか?」
腕相撲のあと、カズイはフータにそう問いかけた。フータは屈辱にまみれながら「サッカーくらいはするけど」と虚勢を張る。
「そもそも運動とかダリィだろ。ゲームやってたほうがまだ楽しいし」
「現代っ子だなあ」
カズイは、ヘラヘラといつものように笑ってフータの背中を叩いた。軽く叩かれただけなのに、なんだか吹き飛ばしそうで余計おかしい。
「おじさんは結構ジムとか通ってた方だから、運動が生活の一部って感じで。監獄に来てからもやめられてないな。腕立て伏せとか」
「そうかよ。でも、こんなとこで役立つ日が来るか?」
「来ないかもだけど、まあ鍛えておくことには越したことはないでしょ。出ていったときに筋力落ちてたら嫌だしね」
「アスリートみたいな言い分だな」
「はは」
フータがむっつりと顔をしかめて言うと、カズイはまた掴みどころのない笑いを浮かべて頭をかいた。
「そういう仕事だった、ってのもあるけどね」
「何の仕事だったんだよ」
「ん? 言ってなかったっけ」
お巡りさんだよ、とカズイは続けた。フータは、こんな警察官がいるものか、と思ったが、以前話した銀行強盗の話のせいで信憑性は高かった。
「なんか変な感じだぜ。いつもヘラヘラしてるオマエが警察官なんて」
「これでも社会を守る偉い警察官だったんだぜ、エヘン」
「クソみてえな社会を御守りくださってごくろうなことで」
フータが嫌味を言うと、カズイは「でも、クソみたいな社会でも守りたいものがあったのさ」と急に真面目くさった態度を取った。
コイツのヒトゴロシにかかわることなのだろう、とフータは察して、あえて突っ込まなかった。触らぬ神に祟りなしだ。
「警察官なんてさ、できることなんか少ししかなくて。クソッタレな世界じゃ事件なんか起こりどおしなのに。まあフータの思う通り、結局俺は守りたいもの1つも守れたりしなかったけどね」
カズイが弱音を吐く姿を初めて見て、フータは胸の奥がざわついた。普段笑顔を絶やさない、飄々とした男が、いまじぶんのまえで中身を曝け出している。それがどうも高揚した。
「フータはあんまり他人に興味なさそうだからさ、話しちゃった。すまないね」
「別に。好きにすりゃいいんじゃねえの」
フータは言いながら、黒マスクの位置を正した。自分がいまどんな顔しているか、それが普通の顔なのか自信がなかったからだ。
「まあこんな綺麗事言ったって、俺はヒトゴロシなんだけどさ」
傷ついた顔をしていた。かける言葉が見つからなくて、フータは「まあ、全員そうだろ。ここは」と言うしかなかった。
カズイは「確かに」と言うと、もう普段の態度をとりもどしていた。
「まあ、なんだ。言いたい事あんなら誰かにいったほうが楽なのはたしかだぜ」
フータはそうはげました。私欲だった。この強い男の、弱くて柔らかな部分を見てやりたいという、我儘勝手な欲望だ。
「じゃあ、今度からフータに聞いてもらおうかな。すっきりした。ありがとな」
カズイはそう言って子供にするようにフータのセットした頭をくしゃくしゃにすると、自分の部屋へと去っていった。

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